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舌戦の裏に潜む
モウリーニョの思慮遠謀。 

text by

山中忍

山中忍Shinobu Yamanaka

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posted2005/11/25 00:00

舌戦の裏に潜むモウリーニョの思慮遠謀。<Number Web> photograph by AFLO

 “熱さ”が売り物のプレミアシップでは、ライバルチームの監督同士による衝突も珍しくない。この10年間は、マンチェスター・ユナイテッドとアーセナルが優勝争いを演じてきたため、アレックス・ファーガソンとアーセン・ベンゲルの両監督が激しい舌戦を繰り広げてきた。

 だが昨シーズン、ジョゼ・モウリーニョがチェルシーの監督に就任したことでこの図式は変わった。興味の対象は、この有言実行型の若手監督と両ベテラン監督とのスパーリングに移ったのである。

 直接対決の前後にメディアを利用して敵に揺さぶりをかけることにかけては、ベンゲルよりもファーガソンが一枚上手だ。当然、モウリーニョの“口撃”対象はファーガソンになるのではないかとも見られていたが、時間の経過とともに、モウリーニョの天敵はファーガソンではなく、実はベンゲルらしいことが明らかになってきた。

 モウリーニョとベンゲルとの間には、昨シーズン後半に勃発した“アシュリー・コール引き抜き未遂事件”を境に、ロンドンのライバル同士という立場を超えたきな臭い雰囲気が漂い始めていた。そして迎えた今シーズン、10月31日にモウリーニョが発したコメントによって、ベンゲルとの対立は一気にピークに達する。彼は次のようにベンゲルを批判したのである。

 「世の中には、望遠鏡で他人の家の様子を“覗き見”することを趣味とする病的な人間がいる。彼(ベンゲル)もその1人に違いない」

 これは数日前に、チェルシーがリーグカップでチャールトンに敗れたことについて、ベンゲルが「多少は自信も揺らいでいるのではないか」とコメントしたことを受けてのものだった。モウリーニョは「余計なお世話だ」とでも言いたかったのだろうが、この発言は当然ベンゲルの逆鱗に触れた。

 「愚か者が成功を手にすると、更に付け上がってしまうこともあるようだ。批判には何の根拠もない。全く失礼極まりない」と反論したのである。

 もちろんモウリーニョも黙ってはいない。彼は更にこう斬り返した。

 「彼のチェルシー批判にはうんざりしている。(ベンゲルの)コメントを集めたファイルは既に120ページにも及んでいるし、いい加減にしてもらいたい」

 モウリーニョに悪意があったとは思えないが、“voyeur(覗き趣味)”という言葉を用いたのは失敗だった。この単語はフランス語に由来しており(綴りも同じ)、フランス人のベンゲルにとっては、“性的に倒錯した覗き魔”と罵られたも同然だったからだ。

 さすがのモウリーニョもまずいと感じたらしく「侮辱するつもりなどはなかった。向こうがチェルシーについて言い過ぎたと謝るなら自分も謝罪する」と条件付きで譲歩の姿勢を見せたが、ベンゲルの怒りは収まらなかった。

 「個人的な中傷を受けて黙っているつもりはないし、私には、謝罪する理由が全く見当たらない」と語り、モウリーニョを名誉毀損で訴える可能性さえ示唆したのである。

 自軍が得点する度に“Shut up,

Mourinho!(だまれモウリーニョ!)”と歌うアーセナルのファンは、ベンゲルが法的措置に訴えることを望んでいるのかもしれない。もちろんハードコアなチェルシー・ファンも、モウリーニョの言動は無条件で肯定するだろう。

 だが両監督は知性派であり、それ以上に立派な大人でもある。穏便な解決は十分に可能なはずだ。モウリーニョは、ユナイテッドに無敗記録を阻止された直後にも、ファーガソンとワイングラスを傾ける度量の大きさを持っている。ベンゲルも犬猿の仲と思われたファーガソンに対して、「ユナイテッドの不調は一時的なものだ。彼なら無事に切り抜けられる」とエールを送るだけの心の余裕はある。

 ちなみに筆者は、モウリーニョには、ベンゲルが繰り出すジャブを軽く受け流して欲しかったと思っている。苦しい戦いが続いているアーセナルとは対照的に、チェルシーは開幕から首位を独走しているからだ。

 だが同時にこんなふうにも感じている。モウリーニョの発言は全て計算尽くだったのではないかと。チェルシーはリーグカップで敗退した後、チャンピオンズリーグでのベティス戦、プレミアシップでのユナイテッド戦と連敗を喫している。それにもかかわらず憎まれもののチェルシーがさほどメディアで叩かれなかったのは、チームそのものではなく、モウリーニョとベンゲルの舌戦に注目が集まったからだ。自らがあえてピッチ外で悪者になることで、チームにプレッシャーがかかるのを防ごうとしたのならば……まさにモウリーニョおそるべしである。

アーセン・ベンゲル
ジョゼ・モウリーニョ
チェルシー

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