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稲本潤一プレミアへの熱き思い。 

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佐藤俊

佐藤俊Shun Sato

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photograph byKenta Ohki

posted2004/10/21 09:31

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[クローズアップ]稲本潤一プレミアへの熱き思い。

佐藤俊=文

text by Shun Sato

 9月30日、稲本潤一が4カ月ぶりにピッチに帰ってきた。ウエスト・ブロムウィッチ(WBA)の一員としてプレミアリーグのリザーブマッチ、リバプール戦にスタメン出場。45分間プレーしたのだ。チームは稲本の交替後に逆転されて1― 4で敗れたが、リバプールの若手が驚くほどの大勢の報道陣を前に、稲本は淡々と久々の実戦を振り返った。

 「怪我については問題なかった。ただ、ジャンプしてタックルする時、まだ少し恐さがありますね。45分間だったけど期待していた以上のプレーができたんで自分から交替を申し出ました。ただ、本格的な復帰にはもう少し時間がかかるような気がします」

 チーム練習に合流してまだ4日目の稲本のプレーを見たWBAのガリー・メグソン監督は、騒ぐ周囲をなだめるようにこう言った。

 「ジュンイチのフィットネスは徐々に戻りつつある。プレーも現段階ではよくやったと思うし、才能の片鱗も見せてくれた。しかし、彼はまだチームに合流してごくわずかしか経っていない。コンディションは今プレーしている選手たちよりも遅れているし、長く試合を離れていたこともある。90分間フルに戦うにはもう少し時間がかかるだろう」

 トップでの試合出場は10月下旬から11月上旬の予定。タックルへの恐怖感を克服しつつ、週1回のリザーブマッチと毎日の練習で体調を戻していくことになる。怪我の程度を考えると驚くほど順調な回復である。

 6月1日、マンチェスターで行なわれた日本対イングランド戦での出来事だった。1― 1の終了間際、相手に飛び掛かるようにタックルした稲本が交差してピッチに落ちた。鈍い音がして激痛が左足に走り、稲本は無意識に芝をむしり、ピッチを叩いていた。

 「担架に乗った時、足がブラブラしていたんで完全にいったな(骨折)と思った」

 左足腓骨骨折で全治3カ月と診断された。

 稲本はもちろん、レンタル先のフルハム、パスを持つガンバ大阪にとって、非常に痛い怪我であった。イングランド戦の前まで、フルハムは稲本を完全移籍させようとしていた。過去2シーズン、開幕直後の稲本の爆発的な活躍は文句のつけようがなかった。スタートダッシュのシンボルとなり、クラブを中位に押し上げる原動力になった。しかし、この怪我で開幕からの出場は絶望、復帰の時期も分からなくなってしまった。

 稲本の代理人、田辺伸明は診断書とレントゲン写真を送付し、年内に治ると断言。ガンバも移籍金の引き下げに応じる姿勢を見せた。6月30日の契約終了期限を過ぎてもフルハムから具体的な返答はなかった。

 手術を終えたばかりの稲本は移籍交渉について「代理人に任せているからね。自分じゃ何もできんから、なるようにしかならん。あかんかったらそれはそれで、また考えたらいいんで」と焦っている様子はなかった。もともと物事にこだわらないタイプ。気持ちを前向きに切り替え、交渉結果については冷静に対処しようという落ち着きも見えた。

 リハビリが始まっても事態は進展しなかった。ガンバはフルハムとの契約が終了した時点で、国際移籍証明書を移動できたのだが、交渉を優先し、それをしなかった。ガンバと田辺はフルハムと粘り強く交渉していた。しかし、7月29日、完全移籍断念の知らせが届き、契約交渉は打ち切られることになった。

 翌日には、稲本がガンバ大阪に復帰することが報じられた。内容はオファーがないのでガンバに戻ってくるというものだったが、真相は少し異なる。実際は、日本の移籍期限である8月7日までに国際移籍証明書を戻さないと'05年1月までガンバでもプレーができなくなってしまう。そのため籍を戻しただけだったのだ。

 にもかかわらず、稲本ガンバ復帰のニュースは各方面に大きなインパクトを与えることとなった。チームメイトの吉原宏太からも「ほんまに来るんか。ロッカー空けて待ってんで」と歓迎された。稲本も「ほんまに行くかもしれんので、その時はよろしく」と返事をしていた。稲本はガンバ復帰を真剣に検討するようになっていた。

 「ほんとはフルハムに行けたら一番よかったと思うけど怪我しているわけやし、それは仕方ないでしょ。今後、何もオファーがなければそれ(ガンバ復帰)もありかなと思うよ。やっぱり怪我のことが大きい。まだ怪我したビデオとかよう観んもん。なんか気持ち悪いじゃないですか。それに治ってもプレミア以外のところでプレーするのはどうかなっていうのがある。それやったら日本で完全に治して、自分のプレーを取り戻してから、来年1月にトライした方がええかなって」

 稲本を間近で見ている代理人、田辺も同意見だった。

 「あくまでも稲本の意志が尊重されるべきだが、初めての大きな怪我だし、接触プレーへのメンタルケアが大事になってくる。そういう不安を取りのぞくためには日本でやる方がいいのではないか」

 ガンバに復帰すれば、日本でゆっくり怪我を治すことができ、仲間たちと一緒に、自分のプレーを取り戻すこともできる。そんな考えが強くなっていた。さらに、稲本が3年ぶりに観戦したJリーグの鹿島対FC東京戦にも惹かれるものがあった。FC東京が自分が対戦した頃よりも飛躍的に強くなり、質の高いサッカーをしていることに驚いたのだ。Jリーグのレベルは、自分がプレーしていた頃よりも格段に向上している。Jリーグでプレーしても、技術が落ちることはないと思うようになった。

 セカンドステージが開幕し、ガンバは好調を維持していた。「このまま復帰して優勝するのもいいかもしれんね」と気持ちは徐々にガンバへと傾斜していった。だが、欧州移籍市場がクローズする直前、プレミアのWBAからオファーが届いた。WBAのメグソン監督はプレミアでの稲本のプレーをよく見ており、フルハムでプレーしていた1年目には対戦もしていた。ゴールこそなかったがその豪快なプレーは、強く印象に残っていた。監督自身、現役時代はボランチだったので稲本の能力の高さを理解していた。チームはすでにプレミア残留と戦力アップのためにMFジョナサン・グリーニング、MFゾルタン・ゲラ、FWヌワンコ・カヌら実力派を獲得していた。その補強の最終ピースが稲本だったのである。ところが彼は怪我で開幕には間に合わず、いつ復帰できるのかも分からない。獲得を先延ばしし、'05年1月まで待てば、他のクラブに獲得される可能性もある。メグソン監督は激しく悩んだが、「稲本は必要な選手である」として8月29日、正式オファーを出したのである。

 田辺はこのオファーを断ってもいいと思っていた。打診はいくつかあるし、怪我さえ完治すれば'05年1月の移籍市場がオープンしてからでも、移籍はできると思っていたからだ。稲本は田辺ほど楽観的にはなれなかった。オファーがなければガンバに復帰し、来年1月以降に、最悪の場合は6月のコンフェデ杯以降に移籍できればと考えていた。そこに諦めかけていたオファーが届いた。怪我から回復する自信はあったが、WBAを断っても果たして1月にオファーが確実にくるかどうかは分からない。そう考えると稲本はどんな小さな可能性でもプレミアでプレーするチャンスを逃したくないと思うようになった。

 「チームはドベ(最下位)の方やけど、やっぱり海外というかプレミアにおることが大事やからね。そこで自分がいいプレーをすれば、誰か見ているはずやろし、それでまた上にいける可能性もあると思うんで」

 移籍を決意すると、怪我のために抑えていたプレミアでプレーしたいという熱い思いがドッと溢れ出してきた。欧州でステップアップしていく自らの目標もハッキリと認識できた。ガンバ復帰に傾きかけていた気持ちが、一気にプレミアへと揺り戻された。WBAから提示された契約条件には'05年1月1日までにチームの一員としてプレーできなければ、契約解除という特殊な条項が入っていた。それでも稲本はWBA入団を決めた。

 「クラブは怪我というリスクを承知で契約してくれた。リスクを承知で来たのは、やれる自信があるからだが、WBAと監督には本当に感謝している」

 入団会見でのこの言葉には、彼の素直な気持ちが垣間見える、と田辺は言う。

 「WBAは怪我を知りながらオファーを出してくれた。稲本はそのことに感謝し、意気に感じて決心したんでしょう。これからは完全移籍を目標にしてきた昨年とは異なり、結果が求められる。そうしてステップアップしていくことが彼の新しい目標だと思う」

 WBAは稲本がこれまで在籍したアーセナルやフルハムのようなサッカーができるクラブではない。「メンバー的には悪くない」(稲本)ものの、目標はプレミア残留。ビッグクラブとは異なり、思うにまかせない苦しい戦いを強いられる可能性は高い。監督を始め周囲の期待も大きく、プレッシャーも大きい。自分の真価が本当に問われることになる。

 稲本はそんな状況も前向きに捉え楽し気にさえ見える。

 「チームがドベでも何でも関係ない。自分もチームもはい上がるだけやから」

 これまでもアーセナルやトゥルシエ・ジャパンなどで、稲本は何度も苦境に立たされてきた。その都度、極限の集中力を発揮し、運も味方にしてはい上がってきた。退路を断っての4年目の挑戦は、まさに崖っ縁である。だが、そういったプレッシャーさえも楽しむ姿勢が見える稲本は、すでに成功の尻尾をしっかり掴んでいるのかもしれない。

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