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今江敏晃「夢の世界にいるような」 

text by

石田雄太

石田雄太Yuta Ishida

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posted2005/11/10 00:00

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[MVPインタビュー]今江敏晃「夢の世界にいるような」

石田雄太=文

text by Yuta Ishida

 10月22日は大切な日になるはずだった。それは日本シリーズ第1戦の日だから、ではない。実はその日は、22歳の今江敏晃がパパになるはずの日だった。ところが長男・陸斗くんは予定日より8日早く、10月14日に生まれた。その、パパになってから過ごした日本シリーズまでの8日間が、今江に大いなる力を与えてくれていたのだという。

 「子供が生まれたことは大きかったと思います。疲れとか、眠気とか、覚めるんですよ。僕、陸斗が生まれてからまだあまり会えてないんですけど、でも、メールで写真、いっぱい送ってもらいましたから……」

 いつものように満面の笑みを浮かべて、MVPの今江はそう話した。日本シリーズ初打席初ホームラン、史上初の8打席連続ヒット、4試合での10安打、打率.667はシリーズ新記録──それもこれも携帯電話に送られてきた陸斗くんの写真に元気をもらったからだという、実に愛すべき、ベタな男である。

 「それで風が吹いたんですよ、僕に(笑)」

 第1戦、今江はシーズン中にたった一度しか経験していない2番に入った。

 阪神の先発は、井川慶。

 トップの西岡が三振に倒れ、今江が打席に入る。はっきりとしたボール球が2球続いた3球目。140km、アウトコース高めのまっすぐを今江は強振して、ファウル──。

 「あの0-2からのファウル、あれを振れたのが僕の中ではすごく大きかったですね。多少は緊張していましたし、振っていこうと思ってはいたんですけど、やっぱりあそこで振れないときもありますから……そこでバットに当たったのは大きかったと思います」

 大舞台でもいつものようにバットを振っていけた自分自身に勇気づけられた今江は、その直後、不思議な感覚に支配された。

 「いつもホームランを打ったときのことって全然、憶えていないんですけど、あの瞬間だけはすごく憶えてるんですよ。こう、何て言うんですかね、おかしな感覚でした」

 136kmの、高めに浮いたボールを今江は、地元・千葉マリンなのに黄色く塗り潰された左中間のスタンドに突き刺した。

 「僕はストレートを待ってたんですけど、ボールが自分の中に吸い込まれるように、フーッと入ってくる感じがしたんです。たぶんカットボールだと思いますけど、ボールが自分の中に入ってきて、なぜかボールが大きく見えて……。そんなこと、シーズン中にも一回もなかったのに、そこにうまくバットを出せて、感触もすごくよかった。たぶんイチローさんとか、すごいバッターはいつもそういうふうに見えているんだろうなって思いました。僕もあのときは、何だか夢の世界にいたような感じで、何ですかね、あれは……ホント、いいことばっかりで怖いくらいでした」

 不思議だったのは、それだけではない。シリーズ前日の練習でのことだ。

 「プレーオフで全然ダメだったので、日本シリーズはどうやって打とうかって考えていたら突然、閃いて……それは『ボールを投げる感覚でバットを振れ』という高橋慶彦コーチの言葉でした。打つときの右手を意識して、ボールをしっかり投げるような感覚でバットを出す。あんなことを、シリーズ直前にパッと頭の中に浮かべられたのが、奇跡ですよね」

 長距離のホームランバッターを意識していた頃は中村紀洋に憧れ、中距離のクラッチヒッターを意識する現在は、今岡誠に憧れる。

 「今岡さんって、グチャグチャでもいいからランナーを返す、本当に勝負強いバッティングをするじゃないですか。近くで見たら雰囲気もあるし、ああいうバッターになりたいと思いましたね。ミスターロッテ?― いやぁ、まだまだですよ。だって、ホテルに帰ってテレビつけたら僕が映ってるし、新聞を見たらでっかく僕の名前が出てるし、そのとき初めて『あぁ、オレ、日本シリーズに出てるんや』って感じたくらいですから(笑)」

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