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野村ノートの正体。~広澤克実、遠山奨志ら愛弟子の告白~ 

text by

阿部珠樹

阿部珠樹Tamaki Abe

PROFILE

photograph byToshiya Kondo

posted2009/09/08 11:30

野村ノートの正体。~広澤克実、遠山奨志ら愛弟子の告白~<Number Web> photograph by Toshiya Kondo

阪神監督時代に、野村自らが作成した総ページ数170弱のマル秘ノート

その時々で形を変え、内容も変化しながら数多くの選手を育ててきた球界ノートの代表「野村ノート」。
いまだ秘められたその全貌を解き明かすべくヤクルト、阪神、楽天時代の教え子たちに話を聞いた。

 球界でノートといえばまず「野村ノート」。だが「野村ノート」は豪華革製の大判ノートでもなければ色とりどりのボールペンや特殊な記号を駆使する神秘的な記述法でもない。「野村ノート」は楽天イーグルス野村克也監督の著書である。

「野村ノート」にはベースがある。まず野村監督が現役の頃からつけていた「野村メモ」。これは捕手として受けたその日の投球の内容を詳細に記録したものだ。まだデータ分析などあまり本気でおこなわれていなかった'60年代前後からの貴重な記録である。もうひとつは「ノムラの考え」。こちらはタイガースの監督時代、選手に配布された戦術論、戦略論、データや心理の分析、さらには社会人としての生き方などを網羅した指南書。この中には評論家時代に読んだ著書、ホークス、スワローズの監督として戦った指導者としての体験もたっぷり盛り込まれている。

 だから「野村ノート」は本のタイトルというより野球人・野村克也が語ることのすべて、「ひとり野球事典」と捉えたほうがいい。

 新人選手が「キャンプの前に野村ノートを読みました」と胸を張る光景はすでになじみのものだ。しかし本がベストセラーになった2005年よりはるか以前から、「野村ノート」すなわち野村監督の語る野球論は選手たちに大きな影響を与えていた。

広澤克実は弱いチームで強いチームに勝つ方法を学んだ。

 広澤克実は野村監督の下で黄金期を築いたスワローズの中心メンバーである。野村監督の野球論は広澤にそれまでまったく知らなかった野球の見方を示してくれた。

「野村監督の基本的な考えは目に見えないもの、形にならないものをどう捉えるかということなんです。速い球を投げる、打球を遠くに飛ばすといった目に見える能力は才能で限界が決まる。どんなにがんばってもイチローみたいにボールを捉えることはできない。でも野球はイチローがそろえば勝てるというものでもない。弱いチーム、才能で劣る選手が集まったチームが強いチームを倒すためになにをするか。駆け引き、データの活用、心理を読んだ攻め、そうした無形の力を駆使して有形の力で上回るチームに勝つ。それが野村監督の根本にある考えで、自分が教わってきた野球というものの考え方にはまったくないものでしたね」

 キャンプの練習が終わり、夕食後毎晩ミーティングがおこなわれた。

「スワローズ時代の最初は、話したことやボードに書かれたことをとにかくノートにつけるようにいわれました。でも野球選手は字を読んだり書いたりするとたちまち眠くなるような連中ばかりですから、みんな苦労していましたね」

 広澤も眠い目をこすりながら必死に野村監督の言葉をノートにとっていった。

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解説:緻密さ溢れる守備編
阪神時代に配られたノートより、「守備編」の一ページ。打球の方向や状況に応じた守備陣の動きを図解。野村監督の緻密さが存分に窺える内容である。ヤクルト時代の自筆ノートはすでに処分。「これは監督に返すはずの物で本来はマル秘ですが、監督の本が出版されてからだいぶ経つので」と解禁してくれた

「非常に実戦的な具体例がある。例えば、投手が内角に投げるための条件を10カ条ぐらいスラスラあげてくれる。強気に行かなければならないから内角に投げるといったありきたりの感情論じゃないんです。そしてその10カ条を試合の状況に当てはめて取捨選択していく。当然そのためには打者の心理を考えなければならない。ぼくは打者ですから逆に捕手の心理を考えるようになった」

自分のためでなく他人の喜びのために努力するのがプロ。

 それまでなかった「相手の立場になって考える」思考法が選手たちに身についていった。

 その一方で、プロとしての心構えに触れたような話も出てくる。

「よくいわれたのは、自分が笑うために一生懸命やるのはアマチュア、プロは人に喜んでもらう、笑ってもらうために努力するものだということ。お前たちの給料は会社じゃなくてファンから出ているんだと」

 最近は「自分の打撃ができました」「自分の投球を心がけました」とコメントする選手が多いが、そういう談話を耳にするたび、広澤は野村監督の教えを思い出して複雑な気分になるという。

「自分のためにやっている人が多いように感じますね。だからぼくは、無形の力を重んじ、プロとしての役目を自覚する野村さんの考え方を、自分なりのやり方であとの世代に伝えてゆきたいと思っているんですよ」

<次ページへ続く>

► 【次ページ】 遠山奬志はデータを徹底的に書いて覚えることを学んだ。

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