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“引退”のように終わるヤンキースタジアム。 

text by

津川晋一

津川晋一Shinichi Tsugawa

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posted2008/10/09 00:00

 まるで選手の引退セレモニーのような“聖地”の引き際だった。9月21日のオリオールズ戦が最後の公式戦となったヤンキースタジアム。86年に及ぶ長い歴史に幕を閉じたこの場所が、いかに人々に愛され続けてきたかを改めて思い知らされる一夜だった。

 この日ナイトゲームはメジャー全体でここだけ。全米に生中継されるなか、Y・ベラ、R・ジャクソン、B・ウィリアムズら往年の名選手が顔を揃え、B・ルースの娘で92歳のジュリアさんが始球式を務める豪華な演出。「この球場の第1号は自分だが、最後のホームランが誰になるかは神のみぞ知る」というルースの名言を、モリーナが体現すれば、先発ペティットが通算2000奪三振を達成するなど“引退式”にふさわしい試合となった。「僕が知っているのはこの場所だけ。来年のことをまったく思い描けないよ」と14年間ヤンキース一筋のジーターが愛着を示せば、'77年のワールドシリーズで3打席連続初球アーチの “ミスター・オクトーバー”R・ジャクソンは「長年連れ添ってきた親友を失うような気持ちだ」と悲しんだ。

 スポーツイラストレイテッド誌でも最終戦のタイミングに合わせて特集を掲載。スター選手が表紙を飾るのが通例だが、この号に限っては球場そのものが主役となった。「私は死に行く。大丈夫、悲しまないでおくれ。私は人生を全うしたんだ」とヤンキースタジアム自身のモノローグで始まり、1927年ルースの 60本塁打や、'39年ゲーリッグの“地球上で最も幸せな男の引退式”、'41年ディマジオの56試合連続安打など数々の名場面を38枚もの写真とともに一人称で振り返るという、実に粋な構成だった。

 私事で恐縮だが、メジャーで最初に行きたいと願い足を運んだのはヤンキースタジアムだった。そんな憧れの場所だけに、今年7月の球宴で最後の訪問をした際、思い出として少しだけ球場の土を頂戴できないかと、実は指先ほどの小ビンを持参した。きっと同じようなことを企む輩がたくさんいるのをお見通しだったのだろう。記念に配布されたピンバッジの中央には、なんとまさにその土が入っていたのである。今となっては、86歳の生涯を閉じた老人の形見の、大事な大事なお裾分けとなった。

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