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「立浪和義コーチの助言をまさかの“無視”事件も…」巨人で愛された40歳、長野久義は“頑固”だった「両親の助言をスルーしてドラフト入団拒否」
posted2025/11/02 11:01
今季限りで現役引退した巨人・長野久義(40歳)
text by

中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph by
JIJI PRESS
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<長野は、30代を迎えた2015年頃から、途端にそのキャリアに暗雲が立ちこめる。14年オフの右膝と右肘手術以降は攻守に精彩を欠き、盗塁数が激減し併殺打が増えるなど脚力の衰えも目立った。>
振り返れば、背番号7のターニングポイントはプロ7年目の2016年だった。このシーズン、就任したばかりの高橋由伸監督が、新たなチームの柱を作ろうと「四番長野」にこだわったのである。2016年5月29日の阪神戦から、7月23日のDeNA戦まで約2カ月間、40試合に渡り四番で使い続けたのだ。長野は四番で打率3割を残すも、2本塁打と決定的な仕事ができず、それ以降は一番打者に戻る。いわば巨人は、すでに捕手から一塁に転向していた“阿部慎之助のチーム”から、“坂本・長野のチーム”への世代交代に失敗したのである。
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2018年は「七番・右翼」で開幕を迎えた長野だったが、この年に22歳の岡本和真がブレイク。四番に定着すると、史上最年少の打率3割・30本塁打・100打点を達成する。そして、巨人は「坂本・長野」ではなく、「坂本・岡本」時代へと突入していくわけだ。さらに同年オフ、三度目の監督復帰となった原辰徳監督は、リーグ3連覇中の広島からFAでセンターの丸佳浩を獲得する。それは同時に長野の居場所が失われつつあることを意味していた。
さりげなく“おごる”兄貴分
その丸の人的補償で広島への移籍が決まった際、球団を通して発表した長野のコメントは、「3連覇している強い広島カープに選んでいただけたことは選手冥利につきます。自分の事を必要としていただけることは光栄なことで少しでもチームの勝利に貢献できるように精一杯がんばります」という模範的なものだった。巨人に入るために2度も他球団のドラフト指名を蹴った男が、古巣への不満や愚痴を口にすることなく新天地へ向かったのだ。

