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「1991年ドラフトの失敗」暗黒時代の阪神が中村紀洋を獲らず萩原誠を1位指名したワケ…名スカウトの怒り「結局、獲りやすい選手を獲っていた」
posted2025/08/04 17:00
1991年のドラフトで阪神が指名した選手。高校生野手にはのちの大打者・中村紀洋もいたが、阪神は萩原誠(中村勝広監督の左隣)を1位指名した
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喜瀬雅則Masanori Kise
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KYODO
高知龍馬空港から、国道55号線を東へ車を走らせること、およそ40分。
燦燦と照り付ける南国の光を受け、まぶしいばかりに輝いている太平洋が右の窓から見えてくると、安芸に入ったという合図でもある。
安芸市営球場は、別名「タイガースタウン」と呼ばれる。
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阪神が、2月の春季キャンプを沖縄・宜野座と安芸との2カ所に分かれて行うようになったのは、星野仙一の監督2年目、2003年からのことだった。
さらに、岡田彰布が15年ぶりに監督に復帰した2023年から2軍の春季キャンプも沖縄・うるま市に移転することになった。
秋季キャンプに関しては安芸で継続して行われるため、完全撤退ではない。それでも、キャンプインの2月に「阪神がいない安芸」というのは、58年ぶりのことになる。
「菊地会」とはいったい?
その“安芸の2月”に必ず開かれていたのが、通称「菊地会」だった。
スカウトだった菊地敏幸が担当した選手たちが集まり、親睦と結束を誓うのだが、90年代後半から2000年代序盤の間、そのメンバーが投打の主力級だらけの頃があった。
【投手】
山崎一玄(静岡/静岡高/90年3位)、弓長起浩(大分/熊谷組/91年3位)、藪恵壹(三重/朝日生命/93年逆指名)、川尻哲郎(東京/日産自動車/94年4位)、井川慶(茨城/水戸商/97年2位)、上園啓史(福岡/武蔵大/06年3位)
【野手】
坪井智哉(東京/東芝/97年4位)、赤星憲広(愛知/JR東日本/00年4位)、鳥谷敬(東京/早大/03年自由枠)
暗黒時代を支えた菊地の獲得選手たち
新人王3人(藪、上園、赤星)を含め、タイトルホルダーが5人(前出3人と井川、鳥谷)、後のメジャーリーガーも2人(藪、井川)、ノーヒットノーランは2人(川尻、井川)が達成し、鳥谷に至っては名球会入りも果たしている。
暗黒時代と呼ばれた90年代後半、菊地の獲った選手がいなければ、阪神はそれこそ一体どうなっていたんだ、と思わせるくらいの豪華キャストだ。


