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「おいおい、まだ現役じゃないか…」“水島新司の草野球チーム”で138kmを投げて再びプロの世界へ…野中徹博が回想する「伝説の10.8」
posted2023/06/25 11:02
text by
田中耕Koh Tanaka
photograph by
JIJI PRESS
オフィスビルが林立する東京都新宿区の四谷三丁目。その一角にあるビルで、野中徹博は知人の後押しを受けて広告代理店を開業した。事務所の近くには居酒屋「あぶさん」があった。酒好きの主人公を描いた水島新司の野球漫画『あぶさん』の名を冠した店で、多くの野球選手や野球ファンに愛されていた。
138kmの速球に「まだ現役じゃないか…」
会社を興して1年ほどが経ったある日、野中は社員を連れて初めて「あぶさん」の暖簾をくぐった。すると、店長から「えっ、もしかしてあの野中さんじゃないの? 元プロ野球選手の……」と声を掛けられた。世間話を続けるうち、「水島先生に伝えておくから、うちの草野球チームでプレーしない?」と誘われた。
店長が誘ったのは、水島が監督を務める草野球チーム「ボッツ」だった。野中はジュニアオールスター(現フレッシュオールスター)に出場した時に、初めて会った水島に激励されたことがあった。
「僕でよければ、ぜひ」
それ以来、野中は野手として時間がある時に草野球で汗を流した。これが球界復帰への“伏線”となった。
ある日、テレビ局の企画で吉本興業の芸人チームと対戦することになり、野手としてプレーしていた野中も久しぶりにマウンドに上がった。すると、右腕から繰り出された速球は138kmを計測。ベンチに戻るや、捕手を務めていた若菜嘉晴(阪神や大洋で活躍)が目を丸くした。
「おいおい、まだ現役じゃないか……」
全力で投げても痛みはなかった。社会の荒波に揉まれながら休めていた肩は、いつの間にか完治していたのだ。この時、野中は素直にこう思った。
「プロのマウンドで、もう一度投げてみたい」
そんなある日、阪急時代から交流があった記者に食事に誘われた。
台湾球界入りのウラ側
話題は自然と野球の話となった。テレビの企画で138kmの速球を投げたことに話が及ぶと、記者は野中を見据えて訊いてきた。
「本当は野球をやりたんでしょ?」
「引退して3年も経っているし、野球界に戻れるところなんかありませんよ」
野中は顔の前で手を左右に振る。記者が再び尋ねてきた。
「なら、海外はどう?」
「海外ですか? でも、もしチャンスがあるなら……」