著者プロフィール 

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

1977年、千葉県生まれ。日刊スポーツ新聞社に入社後、落合監督時代の中日ドラゴンズ、和田監督時代の阪神タイガースを中心にプロ野球記者を16年間経験した。2016年4月に独立し、Number編集部に所属。趣味は野球、サッカー、ゴルフなど「勝負する人」の行動哲学を追うこと。

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貴乃花が語る“奇跡の逸材”。稀勢の里が国民に愛された理由。

Number Ex

貴乃花が語る“奇跡の逸材”。
稀勢の里が国民に愛された理由。

この2人には不思議なつながりがある。 第65代横綱だった貴乃花親方が昨年9月、角界を去った。それから半年も経たない、今年1月の… 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2019/02/15

中田英寿が語った代表監督交代劇。「僕が考える日本らしいサッカーとは」【2018年 サッカー部門2位】

Number Ex

中田英寿が語った代表監督交代劇。
「僕が考える日本らしいサッカーとは」
【2018年 サッカー部門2位】

2018年、NumberWebで人気を集めたベスト記事セレクションを発表します。サッカー部門の第2位はこちら! 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2018/12/31

松坂の横浜か、KKのPLか。高校野球の最強校をプロ野球選手に聞くと……。【2018年 野球部門4位】

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松坂の横浜か、KKのPLか。高校野球の
最強校をプロ野球選手に聞くと……。
【2018年 野球部門4位】

2018年、NumberWebで人気を集めたベスト記事セレクションを発表します。野球部門の第4位はこちら! 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2018/12/29

福留を引きずり降ろす若虎はいるか?金本知憲前監督が描いた理想の行方。

One story of the field

福留を引きずり降ろす若虎はいるか?
金本知憲前監督が描いた理想の行方。

2018年、タイガースの最終戦は10月13日だった。すでに最下位が確定し、金本知憲監督の電撃辞任も決まっていた。すべてが終わった… 続きを読む

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2018/12/28

時代を熱狂させた辰吉丈一郎の哲学。「俺はボクサー。金が欲しいわけ違う」

Number Ex

時代を熱狂させた辰吉丈一郎の哲学。
「俺はボクサー。金が欲しいわけ違う」

大阪帝拳ボクシングジムの会長を務める吉井寛は1990年代、リングに渦巻いていた興奮を今も覚えている。その中心にはいつも、ひと… 続きを読む

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2018/12/21

松中信彦が語る柳田悠岐への畏敬。「自分とは違うタイプの4番」とは。

Number Ex

松中信彦が語る柳田悠岐への畏敬。
「自分とは違うタイプの4番」とは。

『今年の日本シリーズは面白かった』そういう声をよく聞く。 続きを読む

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2018/11/12

大阪桐蔭・西谷監督も憧れた「PL学園伝説のスカウト」がKKドラフトを語る。

Number Ex

大阪桐蔭・西谷監督も憧れた「PL学園
伝説のスカウト」がKKドラフトを語る。

怪物のような人を想像していた。あまりにも多くの野球関係者から「伝説のスカウト」だと聞かされていたからだ。 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2018/10/15

中日・荒木雅博は、なぜ「さよなら」を言わないのか。それぞれの引き際。

One story of the field

中日・荒木雅博は、なぜ「さよなら」を
言わないのか。それぞれの引き際。

「さよなら」を言うのはいつだって難しい。もちろん、感傷的になってしまう自分を見られたくないという照れや恥じらいもあるのだ… 続きを読む

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2018/10/06

清原和博、もう1つの原点。岸和田だんじり祭、潜入取材を終えて。

Number Ex

清原和博、もう1つの原点。岸和田
だんじり祭、潜入取材を終えて。

決して「清原和博」の取材にいったわけではない。ただ、そもそもの発端をたどれば、あの人のこんな言葉だったような気がする。「… 続きを読む

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2018/10/01

新井さんの笑顔は涙でできている。若きカープの4番打者が号泣した日。

Number Ex

新井さんの笑顔は涙でできている。
若きカープの4番打者が号泣した日。

ああ、やっぱりな……。真っ赤に染まったマツダスタジアムに、カープ3連覇の輪ができる。その歓喜の一番外で、仲間の肩を抱き、… 続きを読む

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2018/09/29

「夢なのか、現実なのか……」清原和博は甲子園決勝で何を見たか。

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「夢なのか、現実なのか……」
清原和博は甲子園決勝で何を見たか。

金足農業、最後の打球がライトへ上がった。白球をつかんだ大阪桐蔭の選手たちが、グラウンドの真ん中に歓喜の輪をつくる。その瞬… 続きを読む

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2018/08/22

“怪物”を眼の前で見た審判の証言。松坂、桑田、そして江川の違いとは?

Number Ex

“怪物”を眼の前で見た審判の証言。
松坂、桑田、そして江川の違いとは?

野球はピッチャーがボールを投げなければ始まらない。マウンドに投手がいて、初めて相対する打者たちがいる。そこからドラマが動… 続きを読む

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2018/08/21

清原和博、告白の始まり。「人生、どこからおかしくなった……」

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清原和博、告白の始まり。
「人生、どこからおかしくなった……」

『Number』誌上で1年間にわたって連載された『清原和博 告白』が単行本となった。清原氏が自らの半生を振り返り、鬱病、薬物依… 続きを読む

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2018/08/09

清原和博が1985年決勝を見る。「自分の一番、輝いている瞬間を……」

Number Ex

清原和博が1985年決勝を見る。
「自分の一番、輝いている瞬間を……」

清原和博が、1985年夏の決勝戦を見る――。「Number」の甲子園特集号において、この企画が持ち上がった時、正直、ぞくっとした。… 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2018/08/07

あの夏を許せない。1984年大阪、最強PL学園に挑んだ男たちの物語。

One story of the field

あの夏を許せない。1984年大阪、
最強PL学園に挑んだ男たちの物語。

豊田義夫はもう50年以上もバットを手に、グラウンドに立っている。82歳。すっかり色の抜けた頭髪は、洗いたてのユニホームほどに… 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2018/07/31

甲子園13本塁打の金属バットと再会した清原和博の「告白」。

Number Ex

甲子園13本塁打の金属バットと
再会した清原和博の「告白」。

5月31日、曇天から小雨が落ちる中を清原和博氏は待っていた。この世にただ1本、自分のものとして存在しているバットが帰ってくる… 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2018/07/26

W杯と日本代表と本田圭佑を観てたら阪神タイガースが頭に浮かんだ。

One story of the field

W杯と日本代表と本田圭佑を観てたら
阪神タイガースが頭に浮かんだ。

名残り惜しい。サッカーのワールドカップ・ロシア大会が終わりに近づいている。祭りの夜が更けてきて、次第に人波が減り、笛や太… 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2018/07/12

松坂の横浜か、KKのPLか。高校野球の最強校をプロ野球選手に聞くと……。

Number Ex

松坂の横浜か、KKのPLか。高校野球の
最強校をプロ野球選手に聞くと……。

中日ドラゴンズの広報担当者によれば、松坂大輔の取材には“2カ月待ち”の列ができているそうだ。それもそのはず、今シーズンは… 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2018/06/20

見過ごせない“土の上の鉄人”。鳥谷敬の記録に見る本当の凄さ。

One story of the field

見過ごせない“土の上の鉄人”。
鳥谷敬の記録に見る本当の凄さ。

昔、ある監督によく問いつめられたものだった。「おい、今日、一面いくんだろうな」他者とは大きく異なる、絶対的に揺るぎない自… 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2018/06/08

ノーコンは“不治の病”なのか。ある雪国のエースが出した答え。

One story of the field

ノーコンは“不治の病”なのか。
ある雪国のエースが出した答え。

子どもの頃、原っぱや公園でやっていた草野球で、私は“ノーコン投手”だった。いつもマウンド(平らな場所にプレート代わりの木… 続きを読む

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

2018/05/11

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