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「何のために生きていけば…」 レスリング須崎優衣が見せた“五輪出場ほぼゼロ”からアジア予選完全優勝の大逆転劇

 

photograph by

Sachiko Hotaka

「何のために生きていけばいいんだろう」

 しかし、同年12月の全日本選手権では直前のケガで欠場することに。翌19年には、国内外を通じて最大のライバル・入江ゆきとのプレーオフに敗れ、世界選手権に出場する権利を逸してしまう。この時点で須崎が東京に出場できる可能性はほぼゼロだったといっていい。須崎も「やっぱりプレーオフで敗れた時が一番苦しかった」と思い返す。

「東京オリンピックという目標がなくなってしまった。何のために生きていけばいいんだろうと悩みました」

 それでも、「オリンピックで金メダル」という子供の頃からの究極の夢をそう簡単に捨てることはできなかった。そんな彼女を周囲は励まし、支え続けた。吉村コーチは「0.01%でも可能性が残っているなら頑張ろう」と背中を押した。須崎は迷いを吹っ切った。

「本当に可能性は0.01%しかないと思っていました。でも、その可能性にかけてみようと思いました」

「私は何があっても東京オリンピックに行きたい」

 奇跡という言葉を気軽に使いたくないが、奇跡は起きた。19年の世界選手権で入江は日本の出場枠すらとれず敗北。代表争いは振り出しに戻るという流れになったのだ。そこから須崎は一気にスパート。日本代表として昨年のアジア予選出場を決めた。あと一歩というところまできたが、一難去ってまた一難。今度は新型コロナウイルスの猛威によって、アジア予選は中止に。東京五輪も1年延期になってしまった。須崎は「どこまで試練を与えられるのか」と唇を噛んだ。

「でも、私は何があっても東京オリンピックに行きたいという強い思いがあったので、レスリングを続けることができた。諦めずに僅かな可能性にかけてよかったと思います」

 オリンピック本番前日、須崎はノートに何と書いて心を整えるのだろうか。

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