Number Web MoreBACK NUMBER
「目標を見失ってしまったんです」あの“春高ヒロイン”が23歳で電撃引退した真相…二見梓が今明かすビーチバレー転向「今度こそやり切った、と」―2025上半期 BEST5
posted2025/05/03 06:00

バレーボールを引退後、ビーチ転向で東京五輪を目指した二見梓さん
text by

吉田亜衣Ai Yoshida
photograph by
L)Kazuaki Matsunaga、R)Takuya Sugiyama
2024ー25年の期間内(対象:2024年12月~2025年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。バレーボール部門の第5位は、こちら!(初公開日 2025年2月5日/肩書などはすべて当時)。
◆◆◆
「日本代表に入りたい」。そう将来像を描いていた二見だが、道半ばで現役引退を発表した。その理由は何だったのか。
「代表候補に入ったとき、ケガをしていて松葉杖をつきながらNTC(ナショナルトレーニングセンター)に行きました。記者会見に出席した後、帰っていいよと言われて。ロンドン五輪で銅メダルを獲得したメンバーもいましたし、若手もたくさん選ばれていて。そんな中、もう自分には運がまわってこないかも、活躍できないかも、と自分に自信が持てなくなりました。それと東レに入って1年目で優勝して目標だった日本一になることができた。達成感を得られたんですけど、次の目標が見つけられなかった。目標を見失ってしまったんです」
ADVERTISEMENT
駆け上がってきたバレーボールの階段はすべてのぼり切った。二見は「バレーボールはやり切った」と思っていた。
23歳での引退発表→ビーチバレーで現役復帰
引退後、社業への専念を希望した二見は、静岡県沼津市にある東レのグループ会社・東レエンジニアリングに異動。沼津工場(当時)の総務課に配属され、ゼロから会社の業務を学びながらバレーボールとは無縁の生活を送っていた。
しかし2013年、自国開催となる東京オリンピックの開催が次第に色濃くなってくると、二見の心の奥に眠っていた何かがじりじりと音を立て始めた。
「バレーボールをやめた時は、『もうやり切った』と言っていたと思うんですけど、どこかに未練があったんでしょうね。東京オリンピックの開催が決まって近づいてきて、一人の観客として心の底から面白いと思えるのかな、と思い始めました。オリンピックは憧れの舞台だったので悔しくて観られないんじゃないか。このままだったら後悔するんじゃないか、そういう気持ちがだんだんと膨らんでいって。悩みに悩んだ結果、辞めてからずっと声をかけてもらっていたビーチバレーで東京オリンピックの舞台を目指そうと決めました」
ビーチバレーはバレーボールとは似て非なる競技だったが、くすぶっていた二見のバレーボール魂は再び燃え始めた。それは炎天下に晒される砂のように瞬く間に熱を帯びていく。