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“相撲界から消えた天才横綱”双羽黒こと北尾光司の素顔とは?「研究熱心で教え上手」「あの“やんちゃ横綱”を絶賛」相撲愛を貫いた55年の生涯―2024上半期読まれた記事 

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荒井太郎

荒井太郎Taro Arai

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photograph byBUNGEISHUNJU

posted2024/05/06 06:00

“相撲界から消えた天才横綱”双羽黒こと北尾光司の素顔とは?「研究熱心で教え上手」「あの“やんちゃ横綱”を絶賛」相撲愛を貫いた55年の生涯―2024上半期読まれた記事<Number Web> photograph by BUNGEISHUNJU

1985年、当時21歳の北尾光司。現役時代は「稽古嫌いの新人類」といったイメージが定着していた

「大好きな大相撲」の将来を案じる言葉も…

 のちに幕内で活躍するモンゴル出身の猛虎浪が、まだ三段目で燻っていたころ、元横綱は「一気に上に上がって負け越すよりは、(幕下以下の勝ち越しとなる)4勝でいいんだぞ」と声を掛けていた。「北尾さんの指導は細かくてうまいですね。稽古も限られた番数しかやらせないけど、うちの猛虎浪は北尾さんにいろいろ教わってから伸びましたから。相撲が好きだったのがわかりますね」と当時、立浪部屋の先輩格だった力士は証言する。

「精神的なものでもすぐに体のバランスが崩れて、それが相撲に現れる」と説く北尾氏のエッセンスを吸収した猛虎浪は、即座に幕下に昇進すると4勝3敗の“亀の歩み”ながら着実に番付を上げていく。幕下上位に躍進してからは2場所連続で6勝の大勝ちをマークするなど、一気に番付を駆け上がって関取に昇進した。

 北尾氏の立浪部屋のアドバイザーとしての活動期間は、わずか1年ほど。実際に稽古を見るのも数えるほどであったはずだが、まだ関取が誕生する前の部屋がにわかに活気づく、一つのきっかけにはなった。短期間ではあったが“里帰り”した際は、志半ばで離れざるを得なかった大好きな大相撲の将来も案じていた。

「相撲をやりたい子供は増えているけど、接点がないと思う。一方で巡業をやっている人(勧進元)もたくさんいる。そういう子たちのラインを作ってあげないと。相撲は決して魅力のないスポーツではない。入りたい人と入れたい人が、噛み合ってないんじゃないか」

 就職場所と言われる春場所の入門者が、今年は義務教育修了が新弟子検査の受験資格に定着した1973年(昭和48年)以降で最少となる27人だったことが報じられた。昨今の新弟子は、学校の相撲部や相撲道場出身者などの経験者が多くを占めるようになったが、20年前に北尾氏が指摘したように、相撲をやりたくても周囲に何ら伝手を持たない子供たちが、今もまだ全国に埋もれているかもしれない。

 その後の北尾氏は表舞台から姿を消し、2019年(平成31年)2月、長い闘病生活の末、55歳の短い生涯をひっそりと閉じるのであった。

<前編から続く>

#4に続く
「ちゃんこの味で言い合いに」「おかみさんを突き飛ばして失踪」優勝せずに横綱昇進、24歳で廃業…“消えた天才”北尾光司の知られざる実像―2024上半期読まれた記事

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