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〈平野歩夢・海祝 兄弟インタビュー〉さらにその先へ。未来に向けて“成長する”ための努力と支え。

posted2022/11/22 10:00

 
〈平野歩夢・海祝 兄弟インタビュー〉さらにその先へ。未来に向けて“成長する”ための努力と支え。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

text by

矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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photograph by

Takuya Sugiyama

兄弟だから見えるそれぞれの努力

 プロスノーボーダーとして日々、研鑽を積んでいる平野兄弟。兄の歩夢選手は15歳で2014年のソチ五輪に出場して銀メダルを獲得し、'18年平昌五輪でも銀、そして’22年北京五輪では悲願の金メダルに輝いた。'21年にはスケートボードで東京五輪にも出場している。

 4歳下の弟・海祝選手は19歳で'22年北京五輪に初出場。海外遠征ではもちろん、普段から同じ時間を過ごすことの多い2人には、兄弟同士だからこそ見える互いの個性や努力がある。

 今回は2人並んでのインタビュー。時に互いの顔をのぞき込むように確認し合いながら語る様子には、仲の良さがにじみ出ている。まずは兄の歩夢選手が口火を切る。

歩夢「僕らはお互いにないものを持っていると思っています。僕の場合は、1つのものにこだわりを持つ。持ちすぎると抱えきれないのもあると思うし、中途半端になりやすい。だから、スノーボードやスケートボードでは大きくこだわりたい部分をずっと探し求めていくのが僕のスタンスであり、やり方です。海祝は結構いろんなことに興味があって、多彩。いろんな楽しみ方を持っているのは、僕にはない部分。そこが違いますね」

海祝「兄ちゃんが言った通りで、僕はいろんなことをしてみる性格です。兄ちゃんを見ていると、根強く、集中してやるということに関しては本当にすごくて、それこそ夏のオリンピックにも出たことは、自分では考えられないなと思いました。スケートボードとスノーボードは似ているけど全然違います。僕も両方やるから分かるのですが、体の使い方も全く違うので。東京五輪に出たこと自体に衝撃を受けました」

 歩夢選手は東京五輪が終わった後、北京五輪に向けてスノーボードの練習をしながら、スケートボードの練習も継続した。海祝選手は「朝から午後3時頃までスノーボードをして、宿に帰ってきて着替えてシャワーを浴びてから、またスケボーの練習に行くんですよ。普通の人がやったら絶対に体力が持たない。それぐらいのことをやっていました」と感嘆していた。

兄弟が同じ道を歩むきっかけ

 スノーボードを始めた“入り口”はそれぞれ異なる。父の指導の下、「物心がついた4歳の頃にはもうボードに乗っていた。やらないという選択肢はなかった」という歩夢選手に対し、「僕は選択肢がある状態だった」という海祝選手は、学校の友達と遊ぶのが大好きな少年だった。兄弟が同じ道を進むきっかけとなったのは、歩夢選手が15歳で初出場したソチ五輪だ。

 実家のある新潟県村上市で行なわれたパブリックビューイングで、兄の勇姿を見守った当時小学校5年生の海祝選手は、町全体が盛り上がる様子に突き動かされ、本格的にスノーボードを始めることを決意した。それからは、長兄の英樹さん、歩夢選手、海祝選手が3人そろってスノーボードの練習をするようになったという。

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