Sports Graphic NumberBACK NUMBER

《ラリージャパンにも参戦!》「先駆者として僕は攻める」日本人唯一のWRCドライバー勝田貴元の挑戦 

text by

古賀敬介

古賀敬介Keisuke Koga

PROFILE

photograph byTOYOTA MOTOR CORPORATION

posted2022/11/04 10:00

《ラリージャパンにも参戦!》「先駆者として僕は攻める」日本人唯一のWRCドライバー勝田貴元の挑戦<Number Web> photograph by TOYOTA MOTOR CORPORATION

今季からはハイブリッドシステムを搭載する「GR YARIS Rally1 HYBRID」で戦う勝田貴元

ラリードライバーの父が転向を勧めなかった理由

 勝田がラリー転向を公表した時、「やはり血は争えないものだ」と納得した者は少なくなかった。なぜなら、勝田の父である範彦は全日本ラリー選手権で何度もチャンピオンに輝いたラリードライバーであるからだ。さらに、祖父の照夫もラリードライバーとしてWRC出場経験を持つ。つまり勝田はラリーの名家に生まれたサラブレッドであり、外部からは恵まれた環境で育ったエリートに見えたに違いない。

「実は、父からラリードライバーになれと言われたことは一度もないんです。小さい時カートに乗るきっかけを与えてくれたのは父でしたが、始めてからは全く干渉しなかったし、僕はカート、レースと自分で決めた道を進んで行きました」

 ラリーへの転向を相談した時、父の範彦は初めて息子の進路に口を出した。「止めておいたほうがいい」と。

「レースである程度のとこまで行ったのだから、そのまま続けていけばプロとして食べていけるだろうし、日本でプロのラリードライバーとして食べていくことの難しさもよく知っていたので、父はそう言ったようです。もっとも、僕の決意は固かったので父の意見はスルーしましたが(笑)」

ラリーを学ぶべくフィンランドへ

 世界で戦うという夢を実現するべく、勝田はトヨタ・ガズー・レーシング・ワールドラリーチームの本拠地フィンランドへと渡った。フィンランドは、多くの世界王者を輩出してきたラリー大国だ。森林地帯を縫う超高速のグラベル(未舗装路)ロードと真冬の雪道が、優れたドライバーを育てる。そのフィンランドで、勝田はゼロに近い状態からラリーを学ぶことになった。

「とにかく苦労の連続でした。同じモータースポーツでも、レースとラリーは全く違う競技です。ターマック(舗装路)だけでなく、グラベルや雪道も走り、サーキットのように同じ道を何周も走るのではなく、次々と新しい道を走るので高い適応力が求められます。ただし、どのような路面でも、テストで同じ道を2、3回走るとトップの選手と同じか、場合によっては速く走ることができました。それは大きな自信になりましたが、『ペースノート走行』にはなかなか慣れず、苦労しました」

【次ページ】 自分にはラリーは向いていない……

BACK 1 2 3 4 NEXT

ページトップ