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「本当の“怪物”は桑田なのでは?」PL学園・同級生が見たKKドラフトの真相。清原にはなかった圧倒的な才能「こいつ、オレたちと同じ人間なんか…」 

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鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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photograph byKatsuro Okazawa/AFLO

posted2022/08/06 11:25

「本当の“怪物”は桑田なのでは?」PL学園・同級生が見たKKドラフトの真相。清原にはなかった圧倒的な才能「こいつ、オレたちと同じ人間なんか…」<Number Web> photograph by Katsuro Okazawa/AFLO

1985年のドラフトを経て、PL学園の卒業式で2ショットの清原和博と桑田真澄

 同じバッターとして嫉妬せずにはいられなかった。意地になった本間が力を込めて渾身のスピードボールを投げても清原は相変わらず軽々としたスイングでスタンドに放り込んだ。それはひと目でわかる圧倒的な才能だった。ただ、清原は自らの才能に無自覚のように映った。持て余しているようでもあった。それが彼特有の大らかさを生んでいた。清原の怪物性は他者を遠ざけなかった。

 対照的に桑田の才能は、本人の意志と直結しているように見えた。自分が他者にないものを持っていて、それが何であるかを明確につかんでいた。自分を疑い、自分に足りないものが何かを探すことができた。それゆえか、桑田の怪物性は他者を寄せつけない鋭さを伴っていた。

 2人の違いは試合になるとより鮮明になった。他の強豪校との真剣勝負において、チームの心の拠りどころになるのは清原のバットではなく桑田のピッチングだった。誰も想像できない戦況になったとき、それを打破できるのは桑田だけのように思えた。この男がマウンドにいれば負けることはない――自分たちとは隔絶した精神性を持つエースの存在が チームメイトにとって御守りのような役割を果たしていた。

 本間は最後の夏を迎えるまでの数カ月、桑田とともにゴルフ場を走った。そうすることで何かを変えられるような気がしたからだ。

 すると夏の大阪大会から快音が途切れなくなった。それまでは好不調の波があってレギュラーポジションをつかみきれずにいたが、八番・レフトは本間のものになった。エースや四番に比べれば脇役のポジションだったのかもしれない。それでも夏の甲子園を終えたとき、本間は人生をかけた椅子取りゲームに自分は勝ったのだと実感することができた。それは桑田とともに走り続けた先にあったゴールだった。

 そして桑田は3年の夏が終わっても走り続けていた。閉ざされた空間での果てしない競争が終わり、誰もがようやく腰を下ろして静かな学園生活を送ろうというなかで、まだ何かに向かって走り続けていた。

 それぞれが卒業後の進路について考え始めた秋のある朝、本間は桑田とともに校舎へ向かっていた。気怠い空気のなか、同じ制服姿の一般生徒の列にまぎれて歩く。野球部員が高校生活を実感できる数少ない瞬間だった。

 なだらかな下り坂の半分を過ぎたあたりで桑田が左へ折れた。あらかじめそうすると決めていたような迷いのない足取りだった。その先には教主の墓があった。

 椀の蓋のように土が盛られた墳墓には季節ごとに色を変える芝が生えそろっていた。まわりには堀がめぐらされ、正面には祭壇がもうけられていた。桑田はそこで立ち止まると目を閉じた。

「何を祈ってたんや?」と問うと、桑田は…

 朝の静けさが彼を包んでいた。どれだけそうしていただろうか。桑田は祈りを終えると、本間のところへ戻ってきた。

「何を祈ってたんや?」

 本間が問うと、桑田は照れたように笑いながら、視線を外した。

【次ページ】 「桑田さん、巨人の1位指名ですよ!」

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清原和博
桑田真澄
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