Sports Graphic NumberBACK NUMBER
<トヨタ流アスリートのセカンドキャリア>2人のラガーマンがタイヤメカニックに転身!「責任感もやり甲斐もハンパない」
posted2022/07/01 11:00

現役時代はハーフ団としてコンビでプレーしていた茂木寿昭(左)と黒宮裕介
text by

渕貴之Takayuki Fuchi
photograph by
Noriaki Mitsuhashi(N-RAK PHOTO AGENCY)
アスリートのセカンドキャリアと聞いて、何を連想するだろうか? コーチ、監督など指導者の道に進むのが王道だが、運営など裏方に回る例もあれば、最近は経営に参加という話題も耳にする。
プロスポーツの場合、現役引退後は次のキャリアを考えなければならないが、日本で大きな存在感を持つ実業団スポーツとなると事情が異なる。
所属するアスリートは基本的に社員で、業務に携わりつつ競技に励んでいる。業務時間の大半を競技にあてていた生活は引退で一変し、実質的な“社会人生活”が始まると言ってもいい。そして、その後の人生をどう歩むかは、企業、アスリート双方にとって重要なテーマだ。
トヨタは1937年の創業と同時に陸上部を設立。その後、柔道、サッカー、ラグビーと運動部は増え、現在は硬式野球、女子バスケットボール、女子ソフトボールなども加わり、合計32部と応援団が活動している。社員アスリートの数は587人('22年6月現在)と膨大で、多くは引退後、様々な部署で自動車会社としての一般的な業務に携わる。
だが、中にはトヨタならではの、意欲的なセカンドキャリアに挑む社員もいる。豊田章男社長がオーナーを務め、自らステアリングを握ってレース参戦するチーム「ルーキーレーシング」に出向して、タイヤメカニックを務める元ラガーマン、茂木寿昭と黒宮裕介のふたりだ。
想像すらしなかった、モータースポーツへの転身。
「ラグビーを引退してからは、クルマの開発に携わっていきたいとばかり考えていたので、メカニックへの転身は、まさに青天の霹靂でした。正直なところ、レースへの関心はまったくありませんでした」
この7月に40歳となる茂木は、現役時代はトップリーグ(現リーグワン)に所属するトヨタヴェルブリッツでスクラムハーフとして活躍。社員としては、試作部や制御電子システム開発部で“社員アスリートなりに”業務についていた。'09年に現役引退し、仕事に専念しようと考えたとき、同年代と比べてクルマの知識も技能も経験も足りないことに気づき、試験車の運転資格を取得できる部署に異動。3年間、止まる、走る、曲がるなどクルマの動きをイチから学び、少しずつ武器を増やしてクルマの開発に携わっていこうと考えていた。