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「別れるか、芸能界を辞めるか」大河内志保50歳が明かす“結婚を決断した瞬間”「私が『野球以外のことをする新庄剛志』になろうって」―2021-22 BEST5

posted2022/05/11 11:02

 
「別れるか、芸能界を辞めるか」大河内志保50歳が明かす“結婚を決断した瞬間”「私が『野球以外のことをする新庄剛志』になろうって」―2021-22 BEST5<Number Web> photograph by Ichisei Hiramatsu

野球選手・新庄剛志を15年にわたって支え続けた大河内志保(50)

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河崎環

河崎環Tamaki Kawasaki

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Ichisei Hiramatsu

2021年から2022年(対象:12月~4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。インタビュー部門の第2位は、こちら!(初公開日 2021年1月1日/肩書などはすべて当時)。

 2020年末のトライアウト挑戦、そして2021年10月末には誰もが驚く、日本ハムファイターズ監督への就任。新庄剛志が今再びアツい。「監督ではなくて、ビッグボスと呼んでください」の発言で世間を沸かせ、「ビッグボス」の流行語大賞候補にノミネートされるなど、コロナで沈滞していた社会が「待ってました!」と言わんばかりの新庄節、新庄劇場の再開だ。

 90年代後半から2000年代前半の日本の野球界は新庄剛志を抜きに語ることはできないが、もう一つ、新庄のキャリアを一人の女性抜きに語ることも決してできない。大河内志保、現在50歳。新庄剛志の現役時代を15年にわたり全身全霊で支えた妻であり、いわば「プロジェクト:新庄剛志」の「野球以外担当」共同プロデューサー役でもあった。

「天真爛漫な剛志君を、なんとか日本の宝にしたい」と、自身の20代と30代を新庄剛志という才能に注ぎ込み「私にできることは全てやり切った。清々しい気分です」と語る大河内は、コーチ経験をすっ飛ばしてビッグボスへと大抜擢された元夫の華々しい活躍を、いまどんな思いで見ているのか(全2回の1回目/#2に続く・文中敬称略)。

◆◆◆

別れても応援する気持ちは変わらない

 2020年末、新庄剛志が48歳ながら12球団合同トライアウトに挑戦した。3打数1安打1四球1打点の好結果を見て「(身体的に恵まれている若い頃にいい成績を出せるのは当たり前で)今は経験、精神的にも成熟して心・技・体そろっているので、ぜひおすすめです、球団の皆様!」とアピールしたのは、現役時代の新庄を最も近距離で支え続けた大河内志保だった。

 一通のメールで別れた元夫に全幅のエールを送るなんて、なかなかできるものじゃない。そう指摘すると、大河内は明るく笑ってこう言った。

「離婚したからって、もう自分と関係ないからって応援しないなんていうのは、ちょっと私にはよくわからないですね。彼は現役時代から日本一や世界一のスーパースターになることが夢だったので、その助けが何かしらできたらいいなと、それだけでした。別れてもその思いは変わらないし、彼の夢が叶うといいなって」

 同性ながら思わずそのキュッと整った美しい顔をまじまじと見つめてしまう。さすが、あの「宇宙人」とも呼ばれた鬼才・新庄剛志が20歳で惚れ込み口説き落とした人、どうやらこの優しく真面目な女性は元妻として心底からそう思っているのだ。彼女の清々しい思いを聞かされるこちらの方が、清々しい気持ちになる。

19歳でデビュー、女豹の広告は「大泣きしました(笑)」

 1990年、18歳でJALのキャンペーンガールに選ばれて芸能界デビュー。92年にはクラリオンガールとなり、当時画期的だったベリーショートの美しい「女豹」姿の広告は、世間に鮮烈な印象を残した。しかし、当の本人は自分のイメージとはあまりにかけ離れた姿にショックを受けていたという。「私自身は古風な感じが好きだったんです。それまでの長い髪をベリーショートにし、グリングリンのパーマでターザンのような水着を着せられて、当時は大泣きしましたね(笑)」。

 トレンディドラマやCMにも出演してモデル・タレント・女優と芸能界で華々しく活躍していた頃を振り返っても「スポットライトを浴びる方が、なんか居心地が悪かったです」と、微かに俯く。

【次ページ】 新庄から出された選択肢「別れるか、芸能界をやめるか」

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