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プロ野球PRESSBACK NUMBER
審判も驚いた落合博満の選択《山井のところに岩瀬…》14年前“消えた完全試合”で私が聞いた怒りの声「もう日本一どころじゃねえぞ」
posted2021/10/02 17:04

2007年日本シリーズ第5戦。完全試合を目前にした9回に山井大介の交代を告げる落合監督
text by

鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
KYODO
そのなかから、14年前の日本シリーズ、あの“消えた完全試合”の場面を紹介する。8回まで日本ハム打線を完璧に抑えた山井大介。その山井から岩瀬仁紀へ継投を決めたとき、中日ベンチでは何が起きていたのか? 宇野勝打撃コーチらが回想する(全2回の2回目/前編へ続く)。
宇野は一塁側のベンチからバックスクリーン上のスコアボードを見上げた。打撃コーチとしては見たくなるような数字ではなかった。8回裏の中日の攻撃は3人で終わった。ついに打線は追加点を奪うことができず、1ー0のまま最終回を迎えることになった。
最後の最後まで、ピッチャーに頼りっきりか……。
2回の犠牲フライで奪った1点だけであった。その今にも割れてしまいそうな薄い氷の上を渡りながら最終回までたどり着いた。打撃の3割より守りの10割を追求してきた、現実的な落合の野球を象徴するような展開であった。
9回が始まる。ベンチの後列で落合が腰を上げた。落合はスッと宇野の横を通り過ぎると、ホームベースの後方にいる球審のもとへと向かった。
まさか、代えるのか……。
宇野は落合の背中を目で追った。
少し前から、落合と、投手陣の責任者である森(繁和バッテリーチーフコーチ)が何か話し合っているのはわかっていた。山井を続投させるのか、岩瀬に代えるのか、それについてなのだろうと察しはついていた。
確かに逃げ切るだけなら、岩瀬は最強のカードだった。だが、それにしても……という思いが宇野にはあった。
岩瀬を出したからといって、ゼロに抑えられる保証があるわけではない。ましてや、この先2度とないかもしれない日本シリーズの完全試合がかかっている。
だったら、山井に……。
宇野の視線の先で、落合が球審に向かって歩を進めていく。宇野にはその背中が随分と遠くに感じられた。
「やまいのところにいわせ」
森は、落合の後を追うように自らもベンチを出た。指揮官が球審に告げるピッチャー交代の言葉を、自分の目と耳で確かめなければ心が収まらなかった。
落合が球審を呼んだ。
場内が山井コールに包まれるなか、落合は球審の耳元で告げた。