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近藤真彦56歳はレース界でどう評価されてきた?「『レースは近藤の趣味』と言われても全部笑い過ごせます」――2021上半期 BEST5

posted2021/09/28 17:00

 
近藤真彦56歳はレース界でどう評価されてきた?「『レースは近藤の趣味』と言われても全部笑い過ごせます」――2021上半期 BEST5<Number Web> photograph by Takashi Ogasawara

芸能活動を続けながら、長年にわたってモータースポーツに携わってきた近藤真彦

text by

大串信

大串信Makoto Ogushi

PROFILE

photograph by

Takashi Ogasawara

2021年上半期(3月~8月)、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。スポーツ総合部門の第2位は、こちら!(初公開日 2021年6月29日/肩書などはすべて当時)。

 近藤真彦がジャニーズ事務所を退所して芸能活動を休止したことに端を発して、様々な芸能ニュースが飛び交った。その多くが「近藤は趣味が高じてモータースポーツに関わり、芸能活動をおろそかにして道楽の世界にのめりこんだ結果、ジャニーズ事務所での居場所を狭めてしまった」というものだった。

 1980年代から国内モータースポーツに関わり、近藤のレース活動も見てきた筆者にとってこうした解釈は、モータースポーツについての誤解が根底にあるまま、あまりにも表層的な分析に基づいて書かれているように思えてならない。

芸能界とモータースポーツの「あるある」

 近藤真彦以前から、モータースポーツと関わる芸能人は存在した。モータースポーツの派手なイメージは芸能人の背景としてうってつけだったのだろう。確立したプロ制度が存在しないモータースポーツでは、実績を飛び越えて表舞台に関わることが容易だったことも、こうした「特別扱い」が横行した要因となった。また、モータースポーツ業界の方にも、注目を浴びる芸能人を引き込むことで業界全体の宣伝効果を高められるというメリットがあった。いわばウインウインの関係ではあったのだ。

 その結果、これまで多くの芸能人が「レーサー」や「チーム監督」として表舞台に登場したが、多くの場合「レーサー」としての芸能人は、入門カテゴリーレベルで形ばかりのレースをしてお茶を濁すに留まったし、「チーム監督」としての芸能人は、実際の監督業務を影武者の「プロ」に任せ、本人はチームウェアを着てただそこにいるだけの“お飾り”に過ぎなかった。芸能人にとってはあくまでも芸能人としての自分に箔が付けばいいだけの話なのでそれでよかったのだ。

20歳で「ゲストレーサー」としてデビュー

 1984年、20歳の近藤真彦は国内モータースポーツに「レーサー」としてデビューした。当時近藤は82年に発売された日産のコンパクトカー、マーチのイメージキャラクターを務めており、広告戦略と連動した形でマーチを用いた入門者用レースに招かれ出走したのである。

 日本国内で公式戦に出場するために必要なAライセンスを取得できるのは基本的に20歳以降と定められており、近藤は規定年齢に達すると同時にライセンスを取得したことになる。元々カーマニアだった彼にとっては、ライセンスを取得してレースに出走することは夢の1つではあったのだろう。この近藤の思いと注目度に着目した自動車メーカーが近藤にレースの機会を提供し、近藤はいわばゲストとして「レーサー」となった。ここまではよくある芸能人とモータースポーツの関係である。

【次ページ】 「本気」でレースにのめり込んでいく近藤

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近藤真彦
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