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1987年、ジャンボ鶴田をキレさせ怪物にした男 「口から血が出て人相が変わって。『これは、やべえ』と思ってね(笑)」――2021上半期 BEST5

posted2021/09/23 11:00

 
1987年、ジャンボ鶴田をキレさせ怪物にした男 「口から血が出て人相が変わって。『これは、やべえ』と思ってね(笑)」――2021上半期 BEST5<Number Web> photograph by AFLO

“善戦マン”、“サラリーマンレスラー”などと揶揄もされたジャンボ鶴田だが、覚醒した瞬間があった

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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2021年上半期(3月~8月)、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ボクシング・格闘技部門の第4位は、こちら!(初公開日 2021年6月25日/肩書などはすべて当時)。

 かつて全日本プロレスで“完全無欠のエース”と呼ばれたジャンボ鶴田が49歳の若さで亡くなってから21年。今年も全日本の6.26大田区総合体育館大会で、「ジャンボ鶴田メモリアルマッチ」が行われる(当初5月16日に開催予定の大会が緊急事態宣言延長により日程変更)。

 旧・大田区体育館は、1989年4月18日に鶴田がスタン・ハンセンを破り、インターナショナル、PWF、UNのヘビー級三冠統一をはたした縁のある会場。来年、創立50周年を迎える全日本では、この大会に「2021 Champions Night~三冠統一の地から50周年への飛翔~」というタイトルをつけており、団体としても鶴田のメモリアルを大事にしていることがうかがえる。

天龍革命は“眠れる怪物”を覚醒させた

 ジャンボ鶴田は、1972年のミュンヘンオリンピックにグレコローマンレスリング100kg超級日本代表として出場後、旗揚げ間もない全日本プロレスに入団。約10カ月のアメリカ修行後、翌73年10月に日本デビューすると、ジャイアント馬場に次ぐナンバー2として若くしてメインイベンターとなり活躍した。

 そして80年代半ばからは、馬場に代わって押しも押されもせぬ全日本のエースとなり、80年代末の天龍源一郎との抗争や、90年代初頭の三沢光晴ら超世代軍との闘いでは、その圧倒的な強さから“怪物”と呼ばれるようにもなった。

 デビューから常にメインイベンターだった鶴田だが、じつはその強さや実力が、本当の意味でファンに評価されたのは、天龍と抗争を展開した80年代末以降。それ以前は、歴代NWA世界ヘビー級王者や、大物外国人レスラーをあと一歩まで追い詰めながら、ピンフォール勝ちを逃してきたことで、“善戦マン”というありがたくない異名もちょうだいしていた。

 また、体格と才能に恵まれながら気迫を前面に出さず、常に余裕を持った闘いをしていたことで、入団の時に発した「全日本プロレスに就職します」という言葉尻を捕らえられて、“サラリーマンレスラー”と揶揄されることも多かった。

 1987年から始まった天龍革命は、天龍源一郎が、そんな“眠れる怪物”である鶴田を怒らせ、目覚めさせることで全日本の活性化を目指した運動で、天龍の思惑通りここから鶴田は覚醒。プロレスラー鶴田と、全日本という団体の両方が、90年代に最盛期を迎えることとなる。

【次ページ】 天龍革命の前に鶴田をキレさせたレスラー

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