Sound Mind, Sound Body 2021年夏、心と身体が輝いた瞬間BACK NUMBER

一時は出場も危ぶまれた男子バレー西田有志が29年ぶりベスト8進出をかけたイラン戦で味わった究極の心境。

posted2021/09/17 11:00

 
一時は出場も危ぶまれた男子バレー西田有志が29年ぶりベスト8進出をかけたイラン戦で味わった究極の心境。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

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田中夕子

田中夕子Yuko Tanaka

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Takuya Sugiyama

 会場に入るだけで鳥肌が立つのは初めてだった。

「あの場所でバレーボールができることが単純に嬉しかったです。でも、1試合、1点に対する思い、プレッシャーをここまで強く感じたのは初めて。それは僕らだけでなく他の国の選手も同じで、1勝に懸ける思いが全然違っていました。バレーボールの世界大会はたくさんあるけれど、やっぱり全然違う。あれほど死にもの狂いで戦う大会は、オリンピックしかない、と思い知らされました」

 重圧のもとで戦っていたという言葉とは裏腹に、初のオリンピックのコートで西田有志は躍動した。相手の頭上から放つスパイクや、'19年のワールドカップでも世界を震撼させた強烈なジャンプサーブで得点をもぎ取り、雄叫びを上げる。

 世界トップ12カ国しか出場が叶わぬオリンピックで、西田は100%、いや120%のパフォーマンスを発揮した。その姿から、実はオリンピックの2か月前には出場も危ぶまれる状態であったことなど、見る人は疑いもしなかったはずだ。

オリンピック2か月前に負った大けが

 5月8日、群馬の高崎アリーナで行われた男子バレーボール日本代表の紅白戦初日第1セット、相手をブロックしようと跳んだ西田は着地時に交錯し、右足首を捻挫。痛みで立つこともできずコート外へ運ばれた。精密検査の結果、骨に異常がないとはいえ、決して軽傷ではなかった。

「すぐプレーできると思っていたんです。でも痛みがどんどん強くなって、足をつくこともできない。まずはケガを治すことに集中しなきゃいけない、と思わざるを得なかった。早くバレーボールをしたかったけど、痛いまま試合に出て迷惑をかけるわけにはいかない。オリンピックのことは考えないようにしていました」

 復帰を果たしたのはケガから1カ月半が過ぎた頃。5月28日から6月27日までイタリアで開催されたバレーボールネーションズリーグ(VNL)の終盤だ。「最初はイメージと実際の動きが全く違った」と笑うが、3試合もすれば感覚を取り戻す。だが実はこれだけでケガは終わらず、復帰直後に左太ももの肉ばなれも引き起こしていたのだが、西田自身は冷静だった。

「これだけやってきてもケガをするなら仕方がないし、トレーナーと自分の身体を信じるだけ。こんなにケガが続いたことはなかったけれど、焦りはありませんでした」

 気持ちに余裕が生まれると、心も前を向く。ケガの直後はあえてオリンピックのことは考えずにいたが、VNLの最終週、本格的にチームの全体練習へ合流。リカバリーをすべく向かったプールで、居合わせた石川祐希や関田誠大、山内晶大と「オリンピックの目標」を共有した。

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