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カール・ルイスが舞い降りた「史上最高の世界陸上」秘話。~1991年の熱狂~

posted2021/07/11 07:00

 
カール・ルイスが舞い降りた「史上最高の世界陸上」秘話。~1991年の熱狂~<Number Web> photograph by AFLO

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中村計

中村計Kei Nakamura

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その夜、かのスーパースターが魅せた劇的なパフォーマンスは、もはや陸上競技を超えたエンターテインメントだったのかもしれない。スポーツ中継を切り拓いてきたテレビマンが心血を注ぎ、スプリンター心理を知悉するスターターが鳴らした合図の号砲。“史上最高の舞台”を演出した男たちが、世界記録誕生の裏側を語る。

「NEW W R」。

 モニターの右下に世界記録を意味するアルファベットが明滅していた。

「元が取れた!」

 中継を担当する日本テレビのチーフプロデューサー室。そこに陣取っていた坂田信久の口から思わず本音がこぼれた。

 1991年8月25日、午後7時過ぎ。国立競技場で開催されていた世界陸上競技選手権大会2日目、男子100m決勝で、当時、世界的なスーパースターだったカール・ルイスが9秒86の世界新記録を打ち立てた。人類が初めて9秒8台に突入した歴史的瞬間でもあった。

 50歳で放送チームのトップに立っていた坂田が回想する。

「僕は、そんなセリフを口にした覚えはないんですけどね。横にいた広告代理店の偉い方に目撃されていたらしく、その後、会うたびに冷やかされたんですよ」

 史上最高の――。

 レースにおいて、選手の力を最大限引き出すことを最優先事項に位置付けるなら、そう呼ぶにふさわしいレースだった。

 世界陸上の東京大会は、日本テレビにとって、社運がかかっていたと言っても過言ではない。当時を振り返る日刊スポーツの記事には、日本テレビが同大会のために注ぎ込んだ資金と人員は〈総額150億円、総勢1200人〉だと記されていた。坂田に確認すると、「そう遠くはないかもしれませんね」と、ぼかしつつ答えた。

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