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新井貴浩が初出場で感じたSMBC日本シリーズの「流れ」と「早さ」。

posted2020/10/15 11:00

 
新井貴浩が初出場で感じたSMBC日本シリーズの「流れ」と「早さ」。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

新井貴浩氏はカープ復帰後の2016年、2018年とSMBC日本シリーズに2度出場している。

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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Hideki Sugiyama

 新井貴浩が初めてSMBC日本シリーズの舞台に立ったのはプロ18年目、2016年のことだった。そのシーズンは夢の中にいるようだったという。

「一番思い出があるよね。どうしてかと言ったらやっぱり、黒田さんと一緒だったから。自分も黒田さんも初めてリーグ優勝を味わって、黒田さんの引退も重なったから」

 メジャー球団からの巨額オファーを蹴って、広島東洋カープに戻ってきた黒田博樹と、阪神タイガースでの不遇から帰ってきた新井、かつて暗黒時代を支えたエースと4番が、若い仲間たちとともにカープに25年ぶりの優勝をもたらした。

 まるで映画のようだった1年のラストシーンとして、パ・リーグ王者・北海道日本ハムファイターズとの日本一決戦があった。

 カープとファイターズ、両軍には明確な主役がいた。

 SMBC日本シリーズが開幕する4日前、このシーズン限りでの現役引退を表明した41歳の黒田と、ピッチャーとして10勝、バッターとして打率.322、22本塁打を記録した22歳の二刀流、大谷翔平である。

「おそらく黒田さんは、わかっていた」

 ストーリー満載の戦いの中、新井の脳裏に今も焼きついているシーンがある。両軍の主役が初めて対戦した第3戦だ。

 先発マウンドに立った黒田は、ファイターズ打線を5回まで1点に封じていた。だが、6回裏、大谷をレフトフライに打ち取ったところで両足に異常を訴えると、トレーナーとともに自らベンチ裏へ下がった。

 新井は一塁ベースを守りながら、その様子を見ていた。黒田はこのイニングが始まる前から右ふくらはぎを気にする仕草を見せていた。おそらく限界に達しながら、大谷の打席まで投げ抜いたのだということは察しがついた。

「おそらく黒田さんは、もうだめだ、投げられないということがわかっていたと思う。あれだけ長くやられて、実績のある人だから」

 黒田がマウンドを降りたのはそういうことだ。新井は覚悟した。

【次ページ】 「もう1度マウンドに行けば、もしかしたら…」

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