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真のエースがチームに遺すものとは。
2013年楽天と2016年広島の栄光。

posted2020/03/19 18:00

 
真のエースがチームに遺すものとは。2013年楽天と2016年広島の栄光。<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

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鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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 黒田博樹がマウンドを降りていく。スタッフに抱えられるようにして足を引きずりながらベンチへと下がっていく。どうやら両足がつってしまったようだ。そうか、41歳の右腕には限界がきていたのか。人々はここで初めてその事実を知る。そして想像する。おそらくとうに限界はきていたのだ。それをエースが周りにわからないように隠していただけだ。これまでもずっとそうだった。

 それが黒田という男だ。

 2016年の日本シリーズ第3戦、広島カープの先発黒田は6回裏、次世代のスター大谷翔平をレフトフライに打ち取ると自らの使命を果たしたかのように力尽きた。2-1とリードを残してあとを仲間に託したが、カープはその後、日本ハムに逆転を許して敗れた。これでシリーズの通算は2勝1敗となった。

「全てはチームが勝つために投げているので自分のピッチングがある程度できたとしても勝ちにつながらなかったことが残念だという気持ちしかない。初めてシリーズのマウンドに立てたという感慨はありますが、自分の中では本当に真剣勝負。これまでと同じ苦しいマウンドでした。浸っている時間はない。次のマウンドに向けて準備したいです」

 ゲームの後、黒田はいつものように眉間に険しくシワを刻んだままそう言った。

 このシリーズが始まる4日前に引退を表明していた。カープに25年ぶりの優勝をもたらし、初めての日本シリーズを最後の舞台にして去るのだが、黒田には花道を歩く気配などまるでなかった。相変わらず苦しみのマウンドに立ち、力尽きるまで投げていた。

 あと15年、せめて10年早くこのマウンドに立たせてあげることはできなかったか。

 そんな黒田の姿に叶わぬ願いを抱いた人はひとりやふたりではなかったはずだ。

カープに戻った世界のクロダ。

 暗黒時代のエース。黒田の絶頂期はそのままカープが15年連続Bクラスの真っ暗なトンネルにいた時期と重なる。フリーエージェント制度、ドラフト逆指名制度、広島という地方都市の市民球団に逆風が吹く時代に黒田は負けても負けてもいつも最終回までマウンドを守り抜いていた。

 ミスター完投。本来ならば数々のタイトルを手にできたであろうエースを、人々は敬意を込めてそう呼んだ。それが彼へのせめてもの、最大級の賛辞だった。

 完投負けの美学。敗戦の中にも何かを残してきた男はやがて海を渡り、世界のクロダになったのだが、40歳になるシーズン、メジャーからの20億円のオファーを蹴って再びカープに戻ってきた。

「最後の1球はカープのユニホームを着て投げたい。それが一番の理由です」

 その決断は世の中の価値観をひっくり返した。そこでついに女神は微笑んだ。ようやくカープと黒田は勝利に身を浸すことができたのだ。初めての日本シリーズがラストゲームになる悲哀。だからこそもう少し早く、黒田というエースと時代が噛み合っていれば……。きっとどんな奇跡だって起こせただろうに……。そんなことを思ってしまう。

 それほどエースの力は偉大なのだ。

【次ページ】 ブルペンに向かった田中将大。

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