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引退選手が日本一というドラマ。
2005年ロッテと2006年日ハムの輝き。

posted2020/03/12 18:00

 
引退選手が日本一というドラマ。2005年ロッテと2006年日ハムの輝き。<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

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田村航平(Number編集部)

田村航平(Number編集部)Kohei Tamura

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 引退を表明しながら日本シリーズに出場する、というケースは最近でもしばしばあった。

 2019年は読売ジャイアンツの阿部慎之助がリーグ優勝から4日後の9月25日に引退会見を行い、日本シリーズ第1戦で先制ホームランを放つ。2018年も広島東洋カープの新井貴浩が9月5日に引退を表明し、日本シリーズでは代打で4試合に出場。2016年には広島の黒田博樹が10月18日に引退会見し、日本シリーズ第3戦に先発した。

 ファンに最後の雄姿だと知った上でプレーを見てほしいという気持ちもあれば、負けられない戦いに臨むチームの発奮材料になればという思いもあるだろう。しかし、彼らはいずれも日本シリーズで敗退して、現役生活を終えた。勝負事である以上、対戦相手が花を持たせてくれることはない。

 一方で、2005年の千葉ロッテマリーンズと2006年の北海道日本ハムファイターズは、チームの顔が引退宣言をしてから日本一まで駆け抜けた稀有な例となった。

逆転につながった初芝の全力疾走。

 ロッテ一筋で17年間プレーした初芝清が引退を表明したのは、2005年9月19日のことだった。ボビー・バレンタイン監督が繰り出す「ボビー・マジック」によって好調だったロッテはこの日、34年ぶりにシーズン80勝に到達。初芝が「若い力も出てきたので決心した」と語ったように、長く守った三塁のポジションには当時22歳の今江敏晃が台頭していた。

 シーズン終了後、Number 640号のインタビューで初芝はこう語っている。

「ロッテのサードにはゴリ(今江内野手)がいるから大丈夫。アイツが入団してきたときに僕は言ったんですよ。『オマエが2、3年の間に出てこないと、うちのチームは勝てないよ。オマエが出てくるなら俺はレギュラーはいらない』って。今はそのことが現実になって嬉しい。本当に嬉しいんですよ」

 勝負強さと親しみやすいキャラクターで愛された“幕張のファンタジスタ”が「日本一になってユニホームを脱ぐ」と宣言したことにロッテナインは奮起し、10年ぶりのレギュラーシーズン2位でプレーオフへの出場を決める。

 シーズン1位の福岡ソフトバンクホークスとのプレーオフは2勝2敗の五分となり、負ければ初芝の引退となる最終戦を迎えた。1点を追う8回表、先頭打者の代打として初芝が打席に向かう。

 2球目に手を出して「やっちゃった」という打球はボテボテのサードゴロとなったが、この打球を処理した三塁手トニー・バティスタが遊撃手・川﨑宗則と交錯。「野球の神様が僕にご褒美をくれたんですよ、きっと」。初芝は全力疾走で内野安打をもぎ取り、里崎智也の逆転打へと繋げた。

 初芝の激走で31年ぶりに日本シリーズへの出場を勝ち取ったロッテに、もはや怖いものはなかった。

 阪神タイガースとの日本シリーズでは、投打に圧倒して4連勝。初芝の後継者・今江が8打席連続ヒットのシリーズ新記録を樹立し、MVPを獲得する大活躍を見せる。初芝は第2戦に代打で三ゴロに倒れた1打席のみだったが、「日本一になってユニホームを脱ぐ」と宣言したことに「有言実行になってよかった。ひと安心」と笑みを浮かべていた。

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