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<みずほフィナンシャルグループ Jump to 2020>
朝原宣治「個々の力とチームワークの集積」

posted2019/09/30 10:00

 
<みずほフィナンシャルグループ Jump to 2020>朝原宣治「個々の力とチームワークの集積」<Number Web> photograph by Shiro Miyake

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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Shiro Miyake

 北京2008オリンピック陸上競技(男子4×100mリレー)のアンカーとして銀メダルを獲得し、歴史に名を刻んだ日本男子陸上短距離界のレジェンド。

 朝原宣治は100mという競技でどのように世界に戦いを挑んだのか。0.01秒を縮めるための努力と挑戦。その個々の力がいかにしてチーム力として結実したのか?

 東京2020ゴールド銀行パートナー・みずほフィナンシャルグループは、「東京2020とその先の未来に向けて、お客さまとともに大きく成長する」という意味をJump!というキーメッセージに込めて、さまざまな活動を実施している。

 今回、そのみずほフィナンシャルグループ社員に対し、自身の現役時代のエピソードや今後の日本陸上短距離界の未来を語り、みずほ社員の一層のJump!を加速させた。

 日本では「100mやリレーを走ったことがない」という人はいないですよね?

 誰もが走ったことがあるのに、意外と100mの世界には知られていないことが多いんです。

 まずは神経を研ぎ澄ましてスタートに集中しますが、スタートが決まればスムースに加速することができ、中間疾走から60m付近ではトップスピードに達します。

 実は、そこから人間は誰しも減速し始めます。最後の方に最高速度に達しているように見えるかもしれませんが、世界のトップスプリンターでも、減速しながらフィニッシュラインを迎えるんです。後半は、いかにリラックスして減速幅を小さくするかが勝負のポイントになります。

 100mの鍵となるのは、「自動化」という言葉です。地道な練習を積み重ねていくと、走りが自動化されていきます。スタートが決まれば流れに乗って、最後まで気持ちよく走れる。反対にスタートで躓いたりすると、立て直すのに余分な労力がかかり、自動化とは程遠い走りになってしまいます。

 本当に繊細な種目で、だからこそ面白いんです。

小、中はハンドボール。高校は幅跳び。

 僕が36歳まで現役を続けられたのは、本格的に100mに取り組んだのが遅かったせいかもしれません。

 小学校、中学校時代はハンドボールをプレーしていましたし、インターハイでは走り幅跳びで優勝したので、100mを専門にしたのは同志社大学に入学してからです。

 大学時代に100mの日本記録も出し、世界と競走してみたいという気持ちも強かったので、ドイツに留学し、そこを拠点にしてヨーロッパの各地で行われる大会に出場するようになりましたが、海外の大会に出場するにはエージェントの存在が欠かせません。これは意外に知られていないと思います。

 エージェントと契約して海外のレースを走るということでは、私がパイオニアだったかもしれません。

 当時はいろいろ貴重な経験をしました。宿舎は、エージェントが同じ選手と同部屋になることが多いのですが、お祈りの習慣を持つ選手がいたり、「世界にはいろいろな人がいるんだなあ」と実感しました。

 つまり、海外で競技生活をしていると、自分ではコントロールできないことが増えるんです。

 そういう時は「自分が出来ること」に集中することが大切だと気づきました。

 たとえば、「ルーティーン」を決めてしまうと、海外では出来ないことがあったりして、余分なストレスがかかってしまいます。そのうち、ルーティーンにこだわらなくてもタイムは変わらないじゃん、と思うようになって(笑)。その日、その時に出来ることに集中するようになりましたね。

【次ページ】 北京で掴んだ初のメダル。

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