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浅田真央&伊藤みどり、特別対談。
トリプルアクセルへの思いとバトン。
text by

石井宏美Hiromi Ishii
photograph byKotori Kawashima
posted2019/05/04 11:00

浅田真央(左)と伊藤みどり。2人のスケーターが対談で飛び切りの笑顔を見せてくれた。
印象に残っているソチのフリー。
伊藤 挑戦したのは「五輪」という舞台だったからかもしれない。印象に残っているのは1989年に神戸で開催されたNHK杯フリーの『シェヘラザード』。このときは2本目にトリプルアクセルを跳びました。トリプルアクセルの認知度が低かった当時、演技終了後に、選手席に座っていた人たちはオールスタンディングで拍手してくれたけど、お客さんは普通に拍手でした。
浅田 今日帰ったら早速見てみます。
伊藤 真央ちゃんのトリプルアクセルは年々力強くなっていったよね。真央ちゃんが印象に残っている自分の演技は?
浅田 ソチ五輪の後の世界選手権……いや、ソチのフリーですね。私にとってトリプルアクセルは自分の気持ちを強く持たせてくれるものでした。それがなければ、きっと不安になっていたと思います。みどりさんもおっしゃっていましたけど、突き抜けるためには誰も跳んでいないトリプルアクセルをやらなければ勝てないと考えていたんです。キム・ヨナ(韓国)とは小さい頃から常に競っていましたが、ヨナができないトリプルアクセルという武器が自分の中では大きな強みでしたし、それがあるから勝てると思っていましたね。それがなかったら絶対に勝てていませんでした。
伊藤 そうかなあ。
浅田 トリプルアクセルが跳べたら、誰からも私の方が1つ上の技術をやっていると認めてもらえると考えていたので。だからこそやり続けていたんです。なにより、挑戦しなかったら後悔してしまうから。自分が決めたなら、成功しても失敗しても後悔しないけれど、先生に「やらなくていい」と言われて跳ばずに負けたときは、絶対に自分が後悔すると考えていました。
紀平選手にも継承されている。
伊藤 私がトリプルアクセルの元祖なら、真央ちゃんはトリプルアクセルを含む6種類、計8度の3回転ジャンプを跳んで、さらに今は紀平梨花選手がトリプルアクセルの後に3回転(トリプルトウループ)を付けるコンビネーションをフリーのプログラム構成に組み込んできている。トリプルアクセルも時代とともに進化を遂げているし、継承もされている印象がありますね。
浅田 私はみどりさんの後を受け継いだという気持ちでやってきて、跳べるときも跳べないときも諦めずに続けてきました。今、ジュニアも含めて、いろいろな選手がトリプルアクセルに挑戦している姿を見ると、私もしっかりと次の世代へとバトンを渡せたのかなと感じます。
伊藤 真央ちゃんが私をリスペクトしてくれていたように、今度は紀平選手たちの世代が、「真央ちゃんのようなアクセルを跳びたい」、「真央ちゃんに近づきたい」と目標や憧れを持って挑戦しているんだよね。