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<Have a Dream 夢追い人の挑戦>
藤田菜七子が騎手として過ごす日々。

posted2019/05/16 11:00

 
<Have a Dream 夢追い人の挑戦>藤田菜七子が騎手として過ごす日々。<Number Web> photograph by Photostud

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細江克弥

細江克弥Katsuya Hosoe

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夢に向かって努力を重ねるアスリートに迫る連載。
第7回はGI初騎乗を果たした女性騎手が登場。

 藤田菜七子の夢は、ほんの小さな偶然から始まった。

「出会いは小学5年の時。休みの日にテレビのチャンネルを回していて、本当にたまたま競馬中継を目にしたんです。あの時、『ジョッキーってカッコいいな』と思ったことが始まりでした」

 衝動に駆られて行動に移し、遊び盛りの週末を乗馬スクールで過ごした。馬の背中は想像以上に高く揺れたが、怖さを感じたことは一度もない。むしろ楽しくて仕方がなかったから、「何となく」でしかなかったジョッキーへの憧れが本気モードに変わるのも時間の問題だった。

「両親の都合で乗馬苑に行けない日は『どうして?』と駄々をこねたり、自分が風邪を引けば『それでも行く!』とわがままを言ったり(笑)。平日もずっと馬のことばかり考えていました」

本気で思い悩んだ競馬学校での日々。

 中学2年になると早期人材養成活動として'09年にスタートした「競馬学校ジュニアチーム」に入り、週5回の乗馬トレーニングに没頭した。本気の表れは、自宅にセットした懸垂棒と向き合った時間にある。身体が小さく筋力もなかった藤田にとって、競馬学校の入学試験で課されると聞いていた「懸垂10回」を目指す時間は自分自身の本気度と向き合う時間でもあった。

 もちろん、すべてがすんなりと進んだわけではない。中学3年時には競馬学校の一次試験が免除されるジュニアチーム内の選抜試験に落ち、「ジョッキーになれないかもしれない」と本気で思い悩む苦しい日々があった。自身がジョッキーとしては珍しい女性であることについては「何も考えていなかった」が偽らざる本音だ。女性だからなれないというルールはない。だからガムシャラに夢を追いかけたが、立ち止まらざるを得ない瞬間も確かにあった。

「競馬学校の先生に『ジョッキーになるより普通の生活を選んだほうが幸せかもしれない』と言われたことがあって、『悲しい』とは違うけれど、言葉にするのが難しい気持ちになりました」

 それでも彼女は、ジョッキーになることを諦めなかった。競馬学校卒業後の'16年に騎手免許を取得すると、同年、JRAでは西原玲奈以来となる女性騎手としてデビュー。中央競馬では'16年に6勝、'17年に14勝、'18年に27勝と順調に戦績を残し、競馬界に爽やかな新風を吹き込んでいる。

【次ページ】 「とにかく今を」の気持ちを大事に。

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