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西野朗が元教え子・嵜本晋輔に語った
「自分の原点」と「ベルギー戦の14秒」。

posted2019/04/11 11:00

 
西野朗が元教え子・嵜本晋輔に語った「自分の原点」と「ベルギー戦の14秒」。<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

text by

石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

PROFILE

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Kiichi Matsumoto

およそ15年ぶりだという「邂逅」――。かつての恩師が日本代表を率いて激闘を重ねる中、その教えを継ぐ者は新たな世界で自身の道を切り拓いていた。師弟の絆はいつまでも続く。
西野朗

西野朗Akira Nishino

1955年4月7日、埼玉県生まれ。早稲田大学在学中に日本代表選出。'93年U-20代表監督に就任し、'96年アトランタ五輪出場。'98年よりガンバ大阪などJクラブ監督歴任。J1通算勝利数歴代1位。前日本代表監督。

嵜本晋輔

嵜本晋輔Shinsuke Sakimoto

1982年4月14日、大阪府生まれ。関西大学第一高校卒業後、ガンバ大阪へ加入。ミッドフィルダーとして活躍。'04年に現役を引退。'11年、株式会社SOUを設立し、代表取締役に就任。'18年東証マザーズへの株式上場を達成。

――久しぶりの再会だそうですね。

嵜本 僕がガンバ大阪2年目のときに西野監督が就任したのですが、翌年の2003年にチームを離れたのでそれ以来ですね。私が代表を務めるSOUが早稲田大学ア式蹴球部(サッカー部)のパートナーとして活動することが決まった中で、私にとってこれ以上ないうれしい再会となりました。

西野 サキはドリブルのスピードが持ち味で、個性のある目を引く存在だった。

嵜本 毎日どうやってアピールするか、そんなことばかり考えていました。一度だけ監督から「サキ、良かったよ」と褒められたことがあって、それがめちゃくちゃ嬉しくてすごく印象に残っています。

西野 覚えてないなあ(笑)。あまり選手を褒めるタイプじゃないからさ。サキがサッカーを辞めたと聞いたときは、能力はあるのにもったいないなと思ったんだよ。ただ親御さんのあとを継いだと聞いていたし、今じゃ立派な経営者。素晴らしいよね。

嵜本 ありがとうございます。じつはビジネスの世界に入って、当時の監督のやり方を参考にさせてもらっているんです。監督は時として大胆な采配をしますよね。レギュラーや調子のいい選手を急に外して、若手を起用したり。今思えば選手ひとり一人の個性をよく見ていたんだなって。

西野 選手をいろんな角度から分析して、その上で選手に頭ごなしに言うのではなく、気づきやヒントを与える。そして思い切った采配をしてチーム内で競争をさせる。こちらの意図を伝えた上で劇的なことをするとチーム力は向上すると思うんだよ。

嵜本 ビジネスも同様に人材の個性を見極め、適材適所に配置しなければ上手くいきません。場合によってはフォーメーションを変えなければいけないし、そういう点ではサッカーと若干似ているのかなと。当然、リスクのあるなかで勝負するところも。

西野 リスクなくしてチャレンジはできない。ただ、その準備は大切だよね。例えば代表チームなんかは特にそうで、レギュラークラスは自分でやるべきことをやる。けど12番目以降の選手は、監督がちゃんと見ていないとフィジカルもモチベーションも落ちる。だから“俺は見ているよ”と。試合の流れや勝負を決めるのは12番目以降の選手だ、という意識は常に持ちたいね。

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