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がんを克服した元プロレスラー小橋建太。
ファンと子供のため、“絶対王者”の勝負は続く。

posted2019/03/29 11:30

 
がんを克服した元プロレスラー小橋建太。ファンと子供のため、“絶対王者”の勝負は続く。<Number Web> photograph by Shigeki Yamamoto

text by

石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

PROFILE

photograph by

Shigeki Yamamoto

「私はすでにリングを降りていますが、人生においても“プロレスラー”でありたいと思っています。大変なこともありますが、応援してくれた方々が今の自分を見てがっかりするようなことはしたくないんです」

 一時代を築いた元プロレスラーである小橋建太は、柔和な表情を浮かべながらも現役当時を彷彿とさせる鋭い眼光でそう語った。

 数々のタイトルを獲得し、名勝負を演じてきた小橋ではあるが、そのプロレス人生は過酷なものだった。激しいファイトスタイルゆえの度重なる故障との戦い。とくに2006年は、腎臓がんを患い選手生活の危機に立たされた。腎臓がんから復帰したアスリートは誰もいないと言われていた中、小橋は手術後、懸命のリハビリとトレーニングで2007年末に奇跡の復活を遂げている。

「ファンの方々が支えてくれたおかげです」

『がんの子どもを守る会』を支援。

 2013年に小橋は引退をすると、自ら会社を設立し、第二の人生を歩みだす。講演会やプロレス興行のプロデュース、大学の講師などその業務は多岐にわたるが、とくに心血を注いでいるのが公益財団法人『がんの子どもを守る会』の支援活動だ。

 小橋が同会と関わりを持つきっかけは、小児がんを患ったある少年との出会いだった。

「彼は小学校5年生のとき、私が腎臓がんからリングへ帰還するドキュメンタリー番組を見て『あっ、小橋選手は同じ病院なんだ。この人に会えば元気になるかもしれない』と言ってくれたそうで、以来、交流が始まりました。聞けば余命半年ということでしたが、彼は懸命に病気と戦い、中学校の制服を着ることができました。しかし、ほっとしたのも束の間、半年ほどたったころ彼の訃報が届きました……。それからというもの自分に何かできることはないかと活動を支援しています」

 1968年に設立された『がんの子どもを守る会』は小児がんの患者はもちろん、子どもを支える家族のサポートをしている。長期にわたる療養や経済的問題、また治療後のケアや周囲の理解など、支援すべき事柄は多くあるという。その啓蒙活動のシンボルマークとなるのが“ゴールドリボン”である。この日も小橋のスーツの襟もとには、金色に輝くリボンが付けられていた。

「しかし問題は、まだ認知度が低いということ。ゴールドリボンの存在を知っている人も少ないのが現状です。実情を知ってもらえなければ、一般の人たちだって支援をするのは難しいでしょうしね」

【次ページ】 小橋の熱心さに理解を示した企業。

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