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浅田真央 私のスケート愛(7)
「復興のためにできること」 

text by

浅田真央

浅田真央Mao Asada

PROFILE

photograph byAsami Enomoto

posted2019/01/21 08:00

浅田真央 私のスケート愛(7)「復興のためにできること」<Number Web> photograph by Asami Enomoto

舞さんと姉妹で福島県を訪れた浅田真央さん。

福島で交わした約束のために。

 10月13日、14日に行われるサンクスツアー、福島公演ではこのイベントでお会いした子たちに会場運営のお手伝いをしていただくことになっています。みんなで力を合わせて公演を成功させたいです。

 今年2月には、福島県川俣町の天然スケート場、「田んぼリンク」でスケート教室を行いました。

 ここには震災から4年後の2015年に訪れましたが、当時は原発事故によって避難指示区域に指定されていて、閉鎖されていたんです。その時、川俣スケートクラブ会長の菅野十一さんに「オープンしたらまた来ます」と約束していて。今年の2月に訪れ、またみんなでスケート教室を楽しめた時は嬉しかったです。

 十一さんは今年5月にお亡くなりになってしまいましたが、十一さんの子どもたちを眺める優しい笑顔は忘れません。

辛い気持ちを忘れられる時間。

 震災以来、川俣町に住んでいた人々の多くが別の地域に移り住み、新しい生活をスタートさせています。だからこそ、久しぶりに地元に戻ってきた子どもたちに少しでも楽しんでもらえたら、辛い気持ちを忘れられる時間になればと思って教えていました。

 '15年に比べたら車が通っていたり、お店ができていたり、少しずつ復興していると感じました。しかし、そうはいっても人の数は少ないですし、完全復興には程遠いのも事実です。

 震災から7年経った今でも、被災地の人々の戦いは続いています。そして子どもたちが日本の未来のために本当にたくさんのことを考えている。私はこうした復興の現状や、子どもたちの活動について、テレビや新聞、雑誌などで伝えていき、少しでも皆さんの力になれたら、と思っています。

▶ 浅田真央 私のスケート愛(8)「忘れられない1日」
越境フットボーラー欧州戦記。Challenging in EUROPE 1998-2018

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