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浅田真央 私のスケート愛(7)
「復興のためにできること」

posted2019/01/21 08:00

 
浅田真央 私のスケート愛(7)「復興のためにできること」<Number Web> photograph by Asami Enomoto

舞さんと姉妹で福島県を訪れた浅田真央さん。

text by

浅田真央

浅田真央Mao Asada

PROFILE

photograph by

Asami Enomoto

 雑誌『Sports Graphic Number』で浅田真央さんが、新しい形でスケートと向き合う現在の思いを綴った隔号の連載『浅田真央 私のスケート愛』。
 2018年3月から現在も連載中のコラムを、NumberWebにて特別に公開いたします!
(2018年9月13日発売『Sports Graphic Number』961号掲載)

 8月7日に開催された、東日本大震災の復興支援イベント『STAND UP SUMMIT2018~未来は自分たちで創っていく~』にゲストとして参加させていただきました。これは復興に対する意識の風化防止と次世代の育成を目的としたイベントで、今年で5回目の開催。350名もの中高大学生が「復興のために自分たちに何ができるのか」を考え、皆の前で発表してくれました。

 私よりもかなり年下の子どもたちが、日本の未来のために色々なことを考えていて感動しましたし、とても勉強になりました。

 被災地に観光客を招くために、イベントホールを作って定期的にアーティストのライブをやってはどうか、など素敵なアイデアがたくさん出ていて感心しました。災害時にペットをどう保護するかについても発表してくれて、私も犬を飼っているのでとても勉強になりましたね。

 岩手県の盛岡じゃじゃ麺や高さが25cmもあるソフトクリームなどのご当地グルメを紹介してくれたグループもあり、私は美味しい食べ物に目がないので(笑)、是非岩手県に行って食べてみたくなりました。

 イベントでは、福島県で被害に遭われた子どもたちと実際にお話しする機会もありました。

「一刻も早く、元の福島に戻ってほしい」という想いがストレートに伝わって心を打たれましたね。

歌手になるという夢で立ち直った子も。

 中でも、目の前で復興支援ソング『花は咲く』を歌ってくださった時は、本当に感動して……。歌ってくれた子の一人、熊谷海音さんは将来歌手になりたいという夢を持っているそうです。震災で家族全員を亡くし、しばらくは笑顔になることができなかったけれど、歌手という夢を持ってからは自分の夢に向かって頑張っています。

 海音さんに限らず、震災から今日まで、家族を失った子、家を失った子、計り知れないほどの悲しみを味わった子がたくさんいるはずです。それに加え、自分たちが生まれ育った地域のことを海外の人々から「危ない」と言われたり、悔しい思いや傷つくこともたくさんあったと聞きました。

 そういう子たちに笑顔になってもらえるように、元気を与えられるように、私にできることをしていきたいと強く思いました。

【次ページ】 福島で交わした約束のために。

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浅田真央

フィギュアスケートの前後のコラム

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