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浅田真央 私のスケート愛(2)
「あっという間の10年」

posted2019/01/16 08:00

 
浅田真央 私のスケート愛(2)「あっという間の10年」<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

サンクスツアーメンバーとの衣装合わせは華やかそのもの。

text by

浅田真央

浅田真央Mao Asada

PROFILE

photograph by

Takuya Sugiyama

 雑誌『Sports Graphic Number』で浅田真央さんが、新しい形でスケートと向き合う現在の思いを綴った隔号の連載『浅田真央 私のスケート愛』。
 2018年3月から現在も連載中のコラムを、NumberWebにて特別に公開いたします!
(2018年4月12日発売『Sports Graphic Number』950号掲載)

 3月末の世界選手権、男女共に大きな逆転劇が繰り広げられましたね。特に女子はびっくりするくらいのどんでん返しが起きて。でもこれはよくあることで、最後まで何が起こるか分からない、それがフィギュアスケートなんです。

 樋口新葉ちゃんはオリンピックに出場できず、悔しかったと思いますが、諦めずに努力すれば輝きを取り戻せると証明してくれました。男子は多くの選手が乱れる中、最終滑走のネイサン・チェンは完璧な演技で優勝し、嬉しかったです。私もソチ五輪後の世界選手権で優勝したので、平昌五輪の時からネイサンの姿は当時の自分に重なります。2位に入った昌磨も良く踏ん張って頑張ったと思います。

 私が初めて世界選手権で優勝したのがちょうど10年前、2008年のことです。当時は伏せていたのですが、直前に足首を怪我して、試合に出られるかどうかギリギリの状態でした。あれは私の選手人生の中で最もひどい怪我でした。痛み止めを飲んだりしてなんとか練習を再開しましたが、練習中も怖くておどおどしていました。

 ただ、私はトラブルがある時の方が試合で力を発揮できたんです。2位で迎えたフリーの冒頭のトリプルアクセルで転倒したのですが、あれは私の競技人生の中で一番大きな転倒だったのでよく覚えています。まさかあのジャンプで失敗するとは思っていなくて、びっくりしました。

 氷が荒れていたのか、踏み切りの時に、穴にはまってスライディングしてしまったんです。その後はまるで神様がいるかのようにいつも通りの演技ができましたが、試合の緊張感があってこそできたことでした。演技中は集中しているので痛みは感じませんでしたが、演技後は衣装に血が滲んでいて、翌日は腰もとても痛かったです。当時は世界選手権は一番重要な大会として捉えていたので、優勝できて嬉しかったですね。

10代は「イケイケ」だった?

 世界選手権が終わるとそのシーズンは一段落するのですが、10代の頃はほとんど休みをとったことがありませんでした。20歳過ぎてからは休息の大切さも分かってきたのですが、10代は本当に元気でとにかく練習がしたかった。精神面もイケイケというか(笑)、性格も強くてきつかったです。

 それにプログラムの曲も強いものが多かったです。『鐘』は初めて聞いたときは「これどうやって滑るの?」って思ったのですが、最終的にあの曲には背中を押してもらえてとても助けられました。

【次ページ】 新幹線のように過ぎ去った10年。

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浅田真央

フィギュアスケートの前後のコラム

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