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<奇跡の花は散らず>
宮間あやが語る「なでしこ世界一」

posted2019/01/01 17:00

 
<奇跡の花は散らず>宮間あやが語る「なでしこ世界一」<Number Web> photograph by Getty Images

W杯優勝後という難しい時期に主将を務めた宮間は、国際Aマッチ通算162試合出場で38得点を記録。

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西川結城

西川結城Yuki Nishikawa

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Getty Images

 あの年、悲しみの日本に奇跡の花が咲いた。「なでしこ」は一躍、競技の枠を超えた。
 だが、彼女たちはその渦中、葛藤を抱きながら戦っていた。澤穂希から主将を引き継ぎ、最も重圧を背負ったであろう背番号8。表舞台から姿を消していた彼女が口を開いた。

「恐怖ですね。ロンドン五輪後の銀座のパレードで大勢の方々に喜んでもらったあの時だって。正直、充実感と達成感を上回る、重圧があった。『ここからどんな世間の渦に飲み込まれていくんだろう』という。だから、W杯優勝後は手放しで喜ぶことはもうなくなりました」(宮間あや)


 誰も知らない、未踏の地に彼女たちは立つことになった。快挙。サッカー界では途上国に分類される日本が、初めて世界の頂点に上り詰めた。

 男子の日本代表も当然成し遂げていない、W杯優勝という歓喜の瞬間を迎えた。2011年夏のことだった。日本列島は、まだ活気を取り戻せずにいた。3月に起きた東日本大震災。国民はもう一度視線を上向きにできるニュースを待っていた。そこに届いたのが、なでしこジャパンのドイツW杯制覇の報せだった。決勝戦で追撃の1点目を挙げ、澤穂希が決めた同点ゴールをアシストしたのが、宮間あやだった。

 翌年にはロンドン五輪に出場し、決勝は1年前に下したアメリカとの再戦に。結果は1─2の敗北。その瞬間、宮間は涙した。澤からキャプテンマークを受け継ぎ臨んだ初めての世界大会。負けられない思いは、誰よりも強かった。それでも数十分後に行われたメダル授与式では、宮間ら選手を中心に話し合い、全員が満面の笑みで手をつないで喜んだ。日本女子サッカー史上初の五輪メダルに、再び日本中が沸いた。

 時が経ち、2016年3月。なでしこは夏に控えたリオデジャネイロ五輪の出場権を取り逃す。膨らむまで膨らんだ周囲の期待を背にしながら、彼女たちはここで遂に踏ん張り切ることができなかった。

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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宮間あや

サッカー日本代表の前後のコラム

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