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<Have a Dream 夢追い人の挑戦>
広島カープ・菊池涼介が憧れる“先輩”の姿。

posted2018/09/27 11:00

 
<Have a Dream 夢追い人の挑戦>広島カープ・菊池涼介が憧れる“先輩”の姿。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

text by

日比野恭三

日比野恭三Kyozo Hibino

PROFILE

photograph by

Takuya Sugiyama

夢に向かって努力を重ねるアスリートに迫る連載。
第3回は球界屈指の守備力を誇る二塁手が登場。

 バットを担いで三輪車にまたがり、納得がいくまで素振りを続けた。同年代の中でも体が小さかった菊池涼介少年は、小中高と白球を追いかけながら「プロ野球選手」の夢を忘れはしなかった。

 ただ、現実味は乏しかった。目的地へとつながる道は、本人曰く「極細です」。甲子園にも縁はなく、無名の内野手は岐阜の中京学院大学へと進学する。

 細かった道が徐々に幅を広げていくのはここからだ。菊池は言う。

「厳しい高校3年間を経て大学に行ったら、何にも縛りがなくて。ゲッツーの時に横から投げても注意されないし、『野球って楽しいな』という少年時代の感覚を思い出せた。自由だからこそ『こういうふうに捕ったほうがいい』『こういう動作をしたほうが速い』って考えるようになりましたね」

 1学年上にドラフト候補選手がいたこともあって、創造性豊かなプレーを見せるショートはスカウトの目に留まるようになる。

1試合で3エラーしたことも。

 2011年、「半信半疑」のまま臨んだドラフト会議で広島カープから2位指名。抱き続けた夢は現実となり、その瞬間から新たな道が目の前に開けた。

 自身の野球人生の中で最も苦しかった時期は、入団1年目、「出始め」のころだと言う。セカンドのレギュラーだった東出輝裕が骨折により戦線を離れた'12年6月、菊池にとって初の一軍昇格が号砲となる。

「(ファームでは)ショートでずっと出ていたのですが、2、3試合ぐらいセカンドで出たところで『明日から一軍だ』と言われて……。1試合で3つエラーしたこともありました。甘くないな、勢いだけじゃ何もできないなって思いましたね」

 その背番号から“エリア33”とも呼ばれるように、いまでこそ広大な守備範囲の支配者となった菊池だが、本格的にセカンドの練習を始めたのはこの時から。ポジショニングやカバーリング、牽制のサインなど多岐にわたる細かい動きを、一軍の試合を戦いながら頭と体に叩き込んだ。

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