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<トップアスリートを支える名品>
武豊「馬の走りをさらに加速させる“僕の体の一部”」

posted2018/09/13 13:00

 
<トップアスリートを支える名品>武豊「馬の走りをさらに加速させる“僕の体の一部”」<Number Web> photograph by Keiji Ishikawa

text by

小堀隆司

小堀隆司Takashi Kohori

PROFILE

photograph by

Keiji Ishikawa

日本競馬史に数々の記憶と記録を刻んできた不世出の天才ジョッキー。
自身の感覚を基に選び抜かれたステッキへのこだわり、実際にレースで起こったエピソードを聞いた。

 机に並んだ5本のステッキ(鞭)は、形状も長さも素人目にはほぼ同じに見えた。

「じつは長さも1cm単位で違うし、硬さもそれぞれ。振ってみると違いがよくわかると思います。僕の好みは平均よりちょっと硬め、重め。グリップは太めが良い。レース当日は10本くらい用意して、馬によって選り分けますね」

 例えば、デビュー戦に臨む馬には刺激を与えすぎないようにあえて柔らかめのステッキを選ぶ。馬体の大きな馬にはやや長めを準備して、自らの望む位置にステッキの中心を持ってきやすくする。雨の日はより軽いものにするなど気象状況も考慮し、レースに最適の一本を選び出すというから騎手の感覚は鋭い。

武が取材当日に持参した5本のステッキ。

ウオッカの天皇賞制覇で見せた技術。

 そもそも騎手にとってステッキはどのような存在と喩えられるのか。僕の感覚ではと断った上で、武豊はこう持論を述べた。

「もう体の一部みたいなもの。馬の上で鞭を持っていないとすごく変な感覚になる。落馬とかしたくないけど、そんな時も無意識に鞭を探してしまう。鞭が手放せなかったので、僕は以前に手首を骨折したんです」

 ステッキを体の一部、と表現する騎手はそう多くないだろう。騎手の家庭に生まれ育ち、幼少期より遊び道具の一つとして親しんできた。騎手になってからも「なりたての頃は家の中でもずっと触ってました」と当時を懐かしむ。ステッキワークの巧みさは積み上げてきた努力の証し。一朝一夕に身につくものではないのだ。

「わりと騎手同士って鞭さばきに注目するんですよ。あの人上手だなとか、あいつ下手だなって(笑)。基本、馬は右から叩くとちょっと左へ行く。左から叩くと右へ。だからそれでコースを修正しながら乗るのですが、馬が左へ行っているのにずっと右から叩き続けているのは鞭の持ち替えができなかったのかなって。鞭に関して僕はけっこう自信がありますけどね」

 鞭さばきで勝った、と思えるレースはいくつもあるが、とりわけ印象深いレースに2008年秋の天皇賞を挙げた。名馬ウオッカを操り、わずか2cm差を制した激闘である。

「後でビデオを見返したら、僕は直線で2回くらい右、左とステッキを持つ手を変えているんです。それであの差だったから、ゴールに向かって真っ直ぐに走れていなければ勝てていなかったかも。他のジョッキーはやっぱりよく見ていて、あの緊迫感でよく変えられたねって声を掛けられました」

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