名横綱・千代の富士、思い出に残るライバルは?

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 7月31日、第58代横綱・千代の富士の九重親方が61年の生涯に幕を閉じました。 「ウルフ」の愛称で親しまれ、度重なる肩の脱臼に悩・・・続きを表示

●朝潮
●旭富士
●大乃国
●琴風
●小錦
●北の湖
●隆の里
●双羽黒
●北天佑
●その他

※選択肢は編集部が独自に選びました。

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  • ライバルは「北の湖」しかいません。三役時代軽量だった千代の富士が北の湖との取り組みにがっつりと吊り出され、何度も分厚い壁に阻まれていました。しかし、そこから少しずつ、パワーアップをしていき、横綱にまで上り詰めるのです。北の湖というライバルが無ければその後の千代の富士はありえません。

    帝王00さん2016/08/12 20:32に投稿

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  • 私が物心ついた時に最強の横綱として君臨していたのが千代の富士で、大抵の相手は安心して見ていられました。
    そんな千代の富士に対して日本人を圧倒的に凌駕する体格と膂力で襲い掛かってくる小錦の存在は子供心に非常に脅威で、実際に負けてしまうことも珍しくなかったので、この取り組みだけはハラハラしながら見ていたのを今でも覚えています。

    rogerさん2016/08/06 22:52に投稿

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  • 名勝負はたくさん思いつくが千代の富士の強さは圧倒的でライバルと呼べる存在は北の潮以外には考えられない。

    ゆーいちろーさん2016/08/07 22:54に投稿

    1
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  • 「北天佑」真っ先に思い浮かびました。

    もなみいさん2016/08/04 19:11に投稿

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  • 千代の富士が登場した時は北の湖が君臨、千代の富士が、君臨している時は貴乃花が登場、印象に残る横綱が世にでる時は代々受け継がれている感じですね。

    ぱぱさんさん2016/08/05 00:18に投稿

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  • 今回の訃報に触れて、忘れかけていた男の名前を思い出しました。北尾、今、どこで何されているのでしょうか。千代の富士関は彼を苦手にしていた印象を持っています。

    たけまろさん2016/08/06 10:41に投稿

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  • 私が北海道出身というのも選考理由の一つですが、真っ先に浮かんだのが大乃国関。千代の富士関の連勝記録を止めた一番は印象深い取り組みの一つです。ジンギスカンのCM懐かしいなぁ〜w

    kan10さん2016/08/07 15:57に投稿

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  • たぶん千代の富士にライバルはいなかった。ライバルは自分の怪我だったでしょうか。ただ、双羽黒(北尾)がもう少し熱心に相撲に取り組んでくれていたら、当時の相撲はもっと面白かっただろうと思う。

    o-kunさん2016/08/07 17:20に投稿

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  • 現役最高潮時の千代の富士は豪快、無敵だったと思うが、対隆の里には苦手意識があったと思う。対戦成績も拮抗していたのではないか、更に言えば隆の里が数連勝していた時期もあったと思う。隆の里自身も千代の富士に対してだけは闘争心を燃やしていたと思います。

    はまじいさん2016/08/07 19:32に投稿

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  • 名横綱というには通算優勝回数が少ないが、隆の里との取り組みはいかにも横綱同士らしい見ごたえがあった。

    ストリーマーさん2016/08/08 17:29に投稿

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  • 廃業したのが勿体ない

    みっちーさん2016/08/11 18:09に投稿

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  • ライバルって感じ

    ムーキーさん2016/08/11 21:58に投稿

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  • 本人も認めていた天敵として「隆の里」を押します。千代の富士関のあとに第59代横綱に昇格し、もうひとりの「琴風」と三つ巴?三すくみ状態で三者三様、苦手意識を持ちつつも切磋琢磨し精進し、この時代は千秋楽まで優勝がわからない取り組みが続いていた時代だった。その中で横綱が唯一苦手としていたのが「隆の里」。

    だぁてぃおぉるどまんさん2016/08/12 15:14に投稿

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  • ライバルという言葉は決して適切な表現ではないかもしれないが、千代の富士と同じく現役時代は小さな体ながら鋼の肉体を誇った霧島が思い出される。両者の対戦成績は初顔合わせから千代の富士の11連勝と霧島を圧倒していた。しかし千代の富士が前人未到の1000勝に王手をかけて挑んだ1990年春場所6日目の一番は、鋼の肉体を誇った者同士が土俵中央での引き付け合い、そして霧島の18番両まわしを掴んでの吊り出しが決まり千代の富士に初めて勝利し、前人未踏の1000勝を阻止した。表現は悪いが今まではデブ=相撲取りというイメージたったのが、この2人の出現が今までの相撲取りのイメージを一新したといっても過言ではない。過去には弟子への暴行で訴訟問題に発展したり、人望のなさで理事選を落選するなど何かと問題も多かったのは事実であるが、これだけ角界に功績を残した力士が理事長になれず志半ばで亡くなるのは何とも無念であろう。

    スターマンさん2016/08/12 16:33に投稿

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  • 小柄な千代の富士とダンプのような小錦との取組は、何時も迫力ある戦いでした。

    YASUBEYさん2016/08/14 00:36に投稿

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  • 速攻相撲を身につけた千代の富士が番付を駆け上がっていたころ、立ちはだかったのが大横綱・北の湖だった。初優勝時の優勝決定戦も、横綱昇進を決めた一番も、ともに相手は北の湖。大乃国と旭富士は対戦成績で大きく負けているし、双羽黒は肝心なところで勝てていないのでライバルと呼ぶには物足りない。横綱時代初期のライバル・北の湖との「パワー対スピードの勝負」は、見どころ満載だった。

    デュークNaveさん2016/08/14 02:25に投稿

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  • 小錦が好きだったのですが、他の力士がまともに組まずに小錦の自滅を誘うような取組をする中、千代の富士だけが正面から組み、力勝負し寄り切る姿が子供心に横綱のすごさを見たように思います。

    しふちほさん2016/08/14 07:48に投稿

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  •  ガチンコと呼ばれた大乃国関です。昭和時代最後の九州場所千秋楽で千代の富士の連勝記録を止めた一番が記憶に残っています。
    同郷の相撲とり、それも同じ横綱としての乾坤一擲。全盛の千代の富士関を倒そうと懸命に向かってくるあまたのライバルが国民栄誉賞を獲らせたんですね。

    手許 不如意さん2016/08/15 15:38に投稿

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