平成以降、あなたの心に残る日本ダービーは?

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 5月26日、日本競馬界最大の祭典である第80回日本ダービーが東京競馬場で開催されます。  競走馬にとって一生に一度しか出られないクラ・・・続きを表示

●トウカイテイオー、ルドルフとの父子制覇('91年)
●ミホノブルボンの逃げ切り二冠('92年)
●ウイニングチケット、柴田政人のダービー初制覇('93年)
●ナリタブライアンの大外一気('94年)
●スペシャルウィーク、武豊のダービー初制覇('98年)
●キングカメハメハ、史上初の変則二冠('04年)
●ディープインパクト、史上6頭目の無敗二冠('05年)
●ウオッカ、戦後初の牝馬の制覇('07年)
●オルフェーヴル、雨中の激走('11年)
●その他

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  • メイショウサムソンですよ。守ちゃんとのコンビで小倉でコツコツと走り、地味にダービーへ。サムソンは守ちゃんとのコンビが楽しそうだった。現代の成果主義に逆行した人情を思わせる馬主さんとの人の繋がりにロマンを感じました。

    まりこころんさん2013/05/26 17:10に投稿

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  • まだ『単枠指定』があった時代です。馬券も単、複、枠連だけでした。
    ボクはトウカイテイオーでなく、もう一頭の単枠指定馬イブキマイカグラを応援してました。今はないGI阪神三歳Sを勝って、弥生賞のリンドシェーバーとの激戦、NHK杯での怒涛の追い込みと今でも思い出します。トウカイテイオーに負けましたがこの年のダービーほどワクワクしたレースはありません

    カイチョーさん2013/05/25 14:13に投稿

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  • サニーブライアン
    皐月賞馬なのに伏兵扱い。
    大外からの逃げで戴冠。
    あの時、上村が無理にでも逃げればどうなってたんやろ。

    marumakiyoさん2013/05/25 11:27に投稿

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  • アイネスフウジン
    当時19歳だった私が偶然初めて見た競馬中継が平成2年第57回ダービー。人気のメジロライアン、皐月賞馬ハクタイセイ、影の実力馬ツルマルミマタオー。朝日杯に勝利し、年明け初戦の共同通信杯は勝利したが、続く弥生賞はメジロライアンに屈し4着。そして皐月賞も若き天才・武豊を背にした芦毛のハクタイセイに屈し2着。メジロライアンは血気盛んな若き剛腕・横山典弘、ハクタイセイの武豊とライバル馬の鞍上には華があるが、アイネスフウジンの鞍上はローカル専門でロートルの中野栄治と地味。そんなレース前エピソードを見て、ふと愛着心が湧き応援したのがアイネスフウジンでした。初めて見た競馬が第57回ダービー、初めて応援した馬がアイネスフウジン、そしてこのダービーを制したのがアイネスフウジン。2着メジロライアン、3着ハクタイセイ、4着ツルマルミマタオー、今後GⅠを賑わすこれらの実力馬を抑えての中野コール!

    お父さんさん2013/05/24 01:16に投稿

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  • フサイチコンコルド

    音速の末脚で、競馬の常識を覆す、デビュー3戦目での制覇。
    父カーリアン、母父サドラーズウェルズ、ノーザンダンサー系の近親配合が故の爆発力と体質の弱さ。
    これほど順調さを欠いたダービー馬は、これからも出てこないでしょう。

    この年の3歳世代は、非常にレベルが高かったことも印象に残っている要因です。
    主な活躍馬は、
    牡馬 ダンスインザダーク、 バブルガムフェロー、ロイヤルタッチ、イシノサンデー、ローゼンカバリー
    牝馬 エアグルーヴ、ファビラスラフイン、ビワハイジ、ヒシナタリーなど。

    SUNACCIさん2013/05/23 22:57に投稿

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  • 2000年アグネスフライト
    河内騎手をダービージョッキーにするために生まれてきたようなお馬さんだった。
    先に抜け出した武豊騎手のエアシャカールをハナ差で差し切ったあの剛脚は今でもクッキリと覚えている。ゴールの後の河内騎手の左手が上がった時、ウイニングランで河内コールが聞こえた時、オメデトウ河内騎手、オメデトウアグネスフライト、と素直に思えた瞬間だった。

    ともさん35jpさん2013/05/23 19:04に投稿

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  • 1996年が一番印象に残っています。

    ゴール前で名手の乗るエリートを差しきった「音速の末脚」の映像を見ると、今でも鳥肌が立ちます。

    当時、僕は中学生。周りに競馬の話をできる友だちはおらず、
    親には「子どもがギャンブルなんて」と苦い顔をされていた。
    前年の95年天皇賞・秋から競馬に興味を持ち、そこから8ヶ月、
    勉強はそっちのけで過去の名馬やレース体系の仕組みを学び、初めて迎えたクラシック。
    皐月賞はサンデー産駒の派手な馬が勝った。しかし世間の評価はフロック、二番手争い。
    なぜなら、皐月賞はアクシデントで回避せざるをえなかった世代最強馬がいたから。
    後の名伯楽と天才騎手が選んだ、王者の風格を持つ本命馬。

    日本ダービーという競馬の祭典。勝つべく馬が勝ち、その行く先に想いをはせるつもりだった。
    それが…。

    あの時の自分の「えーーーー!?」という声は一生忘れません。

    ぬぃさん2013/05/23 00:20に投稿

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  • サニーブライアンです
    当日の東京競馬場でのパドックをみて圧倒されました。買うつもりはなかったのに本命馬に急遽変更。皐月賞の勝利でより一段と馬が成長したのだと今でも思っています。レースは大外枠からの勇気ある逃げ・4コーナーからの早めのスパート。中・長距離がやたらスローペースで(症候群とまで云われていた)上がり勝負が多かった当時に、大西騎手の騎乗は見事というほかありませんでした。あの興奮を超えるダービーを毎年期待しながら、今も競馬を続けています。

    わんちゃんさん2013/05/22 14:02に投稿

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  • どうしてもダービーを獲りたいウイニングチケット騎乗の柴田政人とビッグレースをすべて2着で終わっていてダービーこそ獲りたいビワハヤヒデ騎乗の岡部幸雄の壮絶な叩き合いの中、ベガで桜花賞、オークス、ナリタタイシンで皐月賞も制してノリにノっている若き天才武豊が最後方から直線一気で迫るのを当時レースを観ていてしびれたのでやっぱりこの年のダービーが1番心に残ってますね。
    菊花賞なら翌年のナリタブライアンなんですけど(笑)

    Torii12さん2013/05/20 16:46に投稿

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  • 「シンザンのレースも見たことない奴が」と言われていた世代にとってはダントツでしょう。

    ルドルフやディープのようにスタイリッシュじゃなく、
    シービーやオルフェーブルのようにワイルドでもない。

    泥くささの中に圧倒的なパワーとスピード。
    まさに爆発力という表現でしょうか。これがケタ違いです。

    函館3歳(当時)Sやデイリー杯、京都新聞杯などパタっと負けるときもあり、
    本番では3馬身4馬身~と突き放す。これです。

    あの圧勝劇は誰もが脳裏に焼き付いているはずです。

    晩年かっこいいジジイになったら絶対言ってやります。
    「ナリタブライアンのレースも見たこと無い奴が(笑)」と。

    くりちゃそさん2013/05/20 16:17に投稿

    3
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  • ミホノブルボンとウィニングチケットで、非常に悩みました。柴田政人さん、岡部さん、武豊さん、の鞍上まで役者の揃った三強の叩き合いに熱くなった、60回という節目のダービーは、とても感動的でした。があれはやっぱり悲願達成を願う政人さんへの声援だったなぁ。ということでブルボンに一票!

    血統と距離適正が疑問視され続けたブルボン。先頭切って東京の長い直線に入る、坂を登る。「止まるな、止まるな」と祈り続けた、息が止まるような濃密な時間。後続を突き放す期待以上の強さ! 壁は超えられるんだ!と皆が笑顔になった、爽快な勝利でした。

    もっとごーさん2013/05/20 13:50に投稿

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  • 当時のあの馬体は今でも忘れません
    まるで鎧を纏ったような筋肉
    そして他馬をも寄せ付けない逃走劇
    私の中では最強で最高の日本ダービーです。

    limitedmoonさん2013/05/19 19:45に投稿

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  • 初めて競馬場で見たダービーがトウカイテイオーだった。ルドルフの頃からダービーを見ていたけれど、実際に足を運んだのはこの時が最初。
    あのルドルフの子供が無敗でダービーにでてくる。その胸の高鳴りが府中まで足を運ばせた。
    そして期待を裏切らない圧勝劇を見せてくれたテイオー。そしてテイオーコール。
    ライブでしか味わえない熱気と興奮をこの時期になると思いだす。

    きがえまるさん2013/05/19 13:53に投稿

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  • タニノギムレット。

    皐月賞で大外回して届かず。
    本来ならダービー直行だったはずなのに、NHKマイルCに参戦して、やっぱり届かず。
    今度こそ、の思いは、ファンだけでなく、陣営にも相当に強かったでしょう。
    そして、青葉賞を勝って挑んできたシンボリクリスエスを抑え込んで念願のクラシック制覇。

    それだけでなく、ダービーが引退レースになってしまったこと、2着に退けたシンボリクリスエスが3歳秋で天皇賞・有馬記念を制し2年連続の年度代表馬になったこと、またこの馬の引退後にノーリーズンに乗ることになった武豊が菊花賞で1番人気で落馬するなど、「たられば」を考えるとあの後の競馬も勢力図が違っていたのではと思います。

    あとは馬券が買えなかった中で、「武豊の初制覇」より「2着にボールドエンペラーが来て初めて万馬券の予想が当たった(笑)」印象の強いスペシャルウィークですかね。

    するのは苦手見るのは得意さん2013/05/18 08:07に投稿

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  • アグネスフライト。
    祖母、母、そしてこの馬と3代にわたって手綱をとった、河内現調教師の最初で最後のダービー制覇となった。そのため「河内にダービーを獲らせるために生まれてきた」とまで言われた。
    さらに競った2着エアシャカールの鞍上は2年前、一歩先に念願を果たし、さらに初の連覇を果たしていた弟弟子の武豊。
    「河内の夢か 豊の意地か」という名実況が物語る大接戦だった。
    その後、この1、2着の成績が振るわず、レベルが低いとも言われた世代だが、間違いなく名勝負であり、リアルタイムで見たダービーの中では最も印象的だ。

    シルククマモンさん2013/05/18 00:18に投稿

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  • 「勝ってもらおうじゃないか…!」 そう念じながら、直線を見守っていました。

    きつねのミサンガさん2013/05/17 21:03に投稿

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  • 武豊

    rose23さん2013/05/17 12:53に投稿

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  • やはりディープでしょう。
    初めて生で観戦したダービー。
    ディープが次元の違う走りでゴールした瞬間、この歴史的瞬間に現地にいれた喜びで体が震えたのを覚えています。
    その後、3冠を達成した菊花賞も現地で見ましたが、何かダービーほどの感情の盛り上がりは感じませんでした。ほっとしたという気持ちもあったのでしょうが、やはりダービーは特別で格別なんだなと改めて感じました。

    ゆー坊さん2013/05/17 09:19に投稿

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  • 坂路の申し子。
    坂路で徹底的に鍛えられたトモが美しかった。
    お世辞にも血統が良い馬とは言えなかったが、故戸山調教師の「鍛えて最強馬をつくる」という哲学を見事に体現した平成屈指の逃げ馬。
    皐月賞から距離不安が囁かれながらも圧倒的な強さで無敗の二冠達成。
    2000m逃げて残り2ハロンでさらに突き放したレースは圧巻の一言。
    当時受けた衝撃は今でも忘れられない。

    だめ人間さん2013/05/17 00:39に投稿

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  • 正直、どのダービーも素晴らしいのですが、あえて上げるなら20世紀最後のダービー馬アグネスフライト。祖母アグネスレディー・母アグネスフローラと河内騎手が乗り続けた一族で、騎手生活27年目にして悲願のダービー制覇。立ちはだかったのは、前人未到の3連覇を目指す弟弟子・武豊騎手がまたがるエアシャカールで、7cmの差だった死闘。物凄く強い世代だったり強い馬というわけではないが、特別な馬が勝ったという事で印象深いのはこの馬です。

    わっきーさん2013/05/16 20:53に投稿

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