甲子園で、もっとも記憶に残るエースは?

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◇Number809・810号(8/3発売)掲載予定

 今年も夏の甲子園を目指す戦いが全国で始まりました。
  そこでズバリお尋ねします。
  甲子園で活躍したエースのなかで、もっとも記憶に残る投手は誰ですか?
  その理由とともにお答えください。

●荒木大輔  (早稲田実業)
●水野雄仁  (池田)
●桑田真澄  (PL学園)
●松坂大輔  (横浜)
●ダルビッシュ有  (東北)
●斎藤佑樹  (早稲田実業)
●田中将大  (駒大苫小牧)
●その他

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1
  • 江川卓
    本物の怪物だった。
    良い意味でも悪い意味でも彼しだいだったし・・・

    Ten4さん2012/07/15 17:40に投稿

    13
    そう思う!
  • 他の選手と比べてドラマが多い。
    田中将大・斉藤祐樹の再試合もドラマがあったが、
    松坂のPLとの延長17回、準決勝では大差を広げられながら、松坂が投球練習をしたとたんに点差を一気に詰め、登板したら逆転した。そして決勝のノーヒットノーランと、出来過ぎのドラマを実現した。
    ここまでドラマ性を持った甲子園のスターは他にいない。今後も生まれることのない、スター性を持った絶対的なエース。

    ogaさん2012/07/13 15:29に投稿

    11
    そう思う!
  • 記憶にも記録にも残るのは、やはり「怪物・松坂大輔」ではないでしょうか?
    「松坂世代」と言うカテゴリーまで生んだ存在感はやはり群を抜いている。
    大きな期待と名声を集めながらも、優勝に手が届かず涙を流したピッチャーが多い中、
    その期待を上回る結果を見せつけたのも圧巻。
    250球完投。決勝戦でのノーヒットノーラン。春・夏連覇。
    すごいですね。
    時点では、決勝引き分け再試合で名勝負を残した田中・斎藤でしょうか?

    soulpower9さん2012/07/13 18:27に投稿

    9
    そう思う!
  •  記憶にも記録にも残る甲子園の大エース。
     1年生で甲子園を制し、3年夏の優勝まで3年間という限られた期間、結果を出しきただけでなく、あの小さな身体が大きく見えるほどの凄さを忘れることはできません。まさしく甲子園の大エースです。

     もちろん、松坂は漫画のような勝ち方をし、人々の心を引きつけました。齋藤や荒木もさわやかに印象深いです。田中も素晴らしい結果を残しました。
     しかし、桑田(あるいはPL)ほど打倒を目標とされた投手はいないと思います。そのうえであれだけの結果をだすのですから、タフの一言。その後のドラフト以降の出来事も含めて、その精神力には感服です。

    たったこさん2012/07/14 22:24に投稿

    9
    そう思う!
  • 江川卓です。理由としては、高めのストレートにバッターがバットを当てただけ(ヒットじゃないよ)で拍手が起きた!!こんなピッチャーはそのあといないから。

    ストリーマーさん2012/07/13 14:52に投稿

    7
    そう思う!
  • 沖縄水産の大野倫さんです。

    私が小学生の頃、沖縄の高校が初めて甲子園で優勝できるかもしれないという夢と、投げるたびに訪れる激痛に顔を歪めながら投げぬいた姿に、心を揺さぶられたものでした。

    決勝のあとに手術された大野さんの右肘からは多数の骨が除去されたそうで、それでも投げぬいた大野さんの姿を思い出すだけで涙が出ます。

    彼の存在が、ブルペンの充実や分業制の導入に一役買ったのであれば嬉しいと思います。

    投じの監督を責める方もいらっしゃいますが、僕は素晴らしい監督さんだったと思いますし、あの感動はいつまでたっても消えないと思います。

    わ、渉です!!さん2012/07/13 15:46に投稿

    7
    そう思う!
  • 桑田投手が1年の夏、準決勝の池田戦。誰もが池田の勝ちを疑わなかった。
    僕は中1で部活の最中でリアルタイムでこの試合は見ていない。部活が終わって0-7で池田が負けたと聞いた時の衝撃は今も鮮明に覚えている。
    そこから2年間、日本中の高校が「打倒・PL」を目標にしてきた。ドカベンの明訓高校のように。
    甲子園20勝は抜かれることはありえない大記録だ。そして清原に次ぐホームラン数も!

    カイチョーさん2012/07/16 16:56に投稿

    7
    そう思う!
  • <江川卓> 通算成績では桑田、ドラマチックな勝ち方では松坂なんでしょうけど、「もっとも記憶に残る」となると断トツで江川ですね。

    春のセンバツ、開幕第1戦の北陽高校戦、プレーボール後の第1球に江川が投じたストレート。そのとてつもない速さに、驚きを通り越して唖然となりました(「目にも止まらない豪速球」とはこのことだ、と思いましたね)。

    あの上半身の大きさ、左足を高く上げるダイナミックなフォーム、そして唸りを上げて打者に襲いかかる豪速球。とにかくスケールの大きさがケタ違いでした(桑田や松坂、ダルビッシュや田中マー君も、江川と比べるとスケールが一回りも二回りも小さいと思います)。

    あんな超ド級のピッチャーは二度と甲子園に現れることはない、と私は確信しています。

    デュークNaveさん2012/07/14 00:03に投稿

    6
    そう思う!
  • 伊野商・渡辺智男投手

    清原選手を3三振に切って取った快速球と、朴訥そうな銀縁メガネの風貌のギャップが忘れられません。
    この年の選抜は、その春入学する母校が出場した(そして以来出場していない)こともあり、特に(美化されて)印象に残っていますが、それにしてもすごかった。

    数々のエピソードを聞くと江川投手が一番なのではないかと思いますが、なにぶん見ていないので評価できないところです。最近ではマー君に投げ勝ったハンカチ王子は、その汗を拭く所作と共に強く印象に残っています。決勝での彼は、ちょっと違う世界の人でした。これがいわゆる「ゾーン」なのかな、と思った。

    もっとごーさん2012/07/14 21:28に投稿

    6
    そう思う!
  • 私の世代だと、やはり江川卓。

    「高校野球なんて所詮ピッチャー次第」という言葉も、悪い意味で定着させた偉大な方。

    それほどのインパクトがあった。
    どなたかが、「バットにボールが当たっただけで拍手が湧いた」なんて松坂でも桑田でもなかった気がする。

    昇竜さん2012/07/17 13:09に投稿

    6
    そう思う!
  • やはり、PLとの延長17回250球完投翌々日の決勝でのノーヒットノーランは圧巻だった。
    その後プロ野球に松坂世代と呼ばれる、名選手が出現したことも、彼のレベルの高かった事を証明していると思う。
    その後ダルビッシュ世代やハンカチ世代と呼ばれる世代が出て来たが、松坂世代ほどレベルの高い選手がそろった世代は少ない、その頂点に立つ松坂大輔こそ甲子園の最高のエースと呼べる。

    maidodoomo18さん2012/07/13 14:58に投稿

    5
    そう思う!
  • 渡辺智男

    あのノリにノッテいて、優勝確実といわれていたPL学園のKKコンビをぶった切った快投は圧巻!!特に清原の3三振は素晴らしく、当時中学生だった私も戦慄が走りました!

    Joeさん2012/07/13 16:21に投稿

    5
    そう思う!
  • 清原和博とのKKコンビは、当時圧倒的な強さを誇るPL学園の攻守の双璧であった。決して恵まれているとは言えない体格で強打者相手に投げ抜いている姿は“熱投”そのもの。実績もさることながら、強烈な印象を与えた投手である。

    crioさん2012/07/13 18:13に投稿

    5
    そう思う!
  • この「お題」堪らないですね、朝まで話してもキリがないですね。投稿に際して記憶をひも解くだけでもワクワクして来ます。断腸の思いでチョイスさせて頂きます。
    当然、記憶と記録に残るのは桑田もしくは松坂で間違えないでしょう。私の記憶に残っている投手からインパクトが強かったのは、仙台育英の大越基投手ですね。今では、高校野球の監督になり選抜出場を果たし話題になってますが、あの夏の甲子園では1人で決勝まで投げ抜き吉岡の帝京に惜敗しました。夏の甲子園ではよくあるケースですが、決勝までくじ引き抽選で強豪とばかり当たって力尽きた感じがすごくしました。
    他では、名古屋電気(今は愛工大名電ですが)の工藤はノーヒットンオーランを達成し注目されて準決勝で金村の報徳学園に負けてますが、高校生離れした落差のあるカーブで三振の山を築きふてぶてしさを醸し出していたことを覚えています。後の活躍は言うまでもないですね。

    しぶちゃんさん2012/07/14 01:39に投稿

    5
    そう思う!
  • 名古屋電気高校の工藤公康が最も記憶に残るエースです。美しいフォームからの伸びのあるストレートもよかったですが、とにかくカーブが凄かったです。実際にみると投げた瞬間は、明らかな暴投から曲がり落ちていたらしいです。その落差はテレビを通しても歴代No.1のカーブだと思います。見ている人間がワクワクするボールを投げるっていうことは、子供たちに憧れを抱かせることだと思います。今はスライダー全盛期ですが、こんなカーブを投げるピッチャーが現れてほしいと願っています。

    yakyuuzukiさん2012/07/14 21:52に投稿

    5
    そう思う!
  • 青森県三沢商業の太田幸司投手です。1969年夏は、東北勢としては戦後初の決勝進出た。その決勝戦,松山商業戦は,延長18回(試合時間:4時間16分)を戦い抜いて0-0の引き分け。太田はこの試合を1人で投げ抜いた(投球数:262球。松山商のエース・井上明も一人で232球を投げ抜いている)。再試合となった2日目の試合も全イニングを投げたが、2-4で敗戦。憂いを秘めた表情,悲運の豪腕投手は,高校野球ファンで忘れた人は,絶対に一人もいないと思います。ボールの威力でいえば,江川 卓投手でしょうが,夏の甲子園の試合とともに記憶に残り続けるのは,太田幸司投手です。

    macさん2012/07/14 22:52に投稿

    4
    そう思う!
  • 世代によって違うでしょう。
    50歳以上なら荒木だろうし、20歳前後なら斉藤・田中。

    個人的には、桑田か松坂で悩んだが、松坂に1票。
    とにかくインパクトが凄かった。
    PLとの熱戦あり、決勝の快投あり、彼の為の甲子園
    だったといっても過言ではなかった。

    なにより、高校卒業してプロ1年目の初登板は、ほぼ
    全てのテレビ局で、普通のニュースでもリアルタイム速報
    していたのは今でも印象に残ってる。
    フィーバーぶりは斉藤以上。

    kmcstartさん2012/07/15 02:37に投稿

    4
    そう思う!
  • 夏の甲子園で、いきなり1年生でエースとして登場し、優勝したことに衝撃を受けました。お手本のようなフォームから投げる制球力抜群のストレートとカーブで勝ち続ける姿は、「すごい」の一言でした。春夏5回の甲子園に出場し、通算20勝は記録としても素晴らしいと思います。

    とみ三中さん2012/07/15 06:06に投稿

    4
    そう思う!
  • 工藤公康さん。
    まったくもって個人的な理由ですが・
    1回戦だったと思いますが、愛工大名電の相手がうちの地元の高校で、
    工藤投手に、この学校のピッチャーが頭にデットボールくらわされたんです。
    で、そのピッチャーが次の日の「ズームイン朝」に無事ですよとばかりに
    頭に包帯巻いて出たんです。
    ・・ていうことで、ぶつけた工藤投手が印象深くて覚えているんです。
    まったくもって個人的な理由ですが・
    けどこのころから工藤投手って、ふてぶてしく根性ありましたよね。

    メイデイさん2012/07/18 15:06に投稿

    4
    そう思う!
  • 松坂世代という言葉ができたほど、3年時の大会は松坂の大会だった。見事な春夏連覇だった。
    1回戦ノーヒッター達成の杉内と投げ合った2回戦。準々決勝のPL戦は正に死闘だったし、決勝戦ノーヒッターも凄い締めくくりだった。

    ひいさん2012/07/13 15:32に投稿

    3
    そう思う!
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