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[4人の証言から辿る]星稜高校「敗れざる者たちの揺るがぬ哲学」

2022/08/04
2019年夏決勝 vs.履正社 3-5
箕島との歴史的一戦、5打席連続敬遠、決勝で散ること2度――。北陸の名門は、印象的な敗北とともに歴史を刻んできた。監督、エース、バッテリーの証言から、彼らの野球観と「ここぞで勝てない」理由に迫った。

 勘違いだったのかもしれない。

 そう考えさせられる「事件」が起きたのは、2019年春、選抜高校野球大会でのことだった。2回戦で、星稜の元監督である林和成は、対戦校がサイン盗みを働いていると断定。敗戦後、あろうことか、控え室に乗り込んで行き、相手の監督に詰め寄ったのだ。この春、監督を退いたばかりの林は複雑な笑みを浮かべる。

「お恥ずかしいです。今、ひまなんで、溜まっていた新聞を整理していたんです。あのときの新聞も出てきて、『おれ、何てことしたんだろ……』って。嫁さんと一緒に作業してたんですけど、『あの日に時間を巻き戻せるとしたら、今度はどうする?』って聞かれて。とまりましたね……」

 その間と、その表情から、答えは聞かずとも想像がついた。

「でも、ほんと、反省してます。もっと大人な対応をしなきゃいけなかった。ただ、それくらい許せなかったんですよね」

 理由はどうであれ、社会的にみて、決して褒められた行為ではない。ただ、この上ないほどに、人間的ではある。愚かで、真っすぐで、滑稽で。その点において、林はある人物とそっくりだった。

 林は現役時代、山下智茂の指導を受けた。山下は星稜の監督を38年間務め、春夏合わせて計25回、甲子園に導いた名監督だ。また、小松辰雄(中日)、松井秀喜(ヤンキースなど)、山本省吾(近鉄など)ら、数多くのプロ野球選手を育てた。

 山下は、まだ駆け出しの頃、ノックの精度を高めるために、毎朝、日の出前にグラウンドにやってきては、内野の各ポジションにボールを乗せたビール瓶を並べ、それをノックで撃ち落とす練習をしたという。その逸話からも想像がつくように、効率よりも非効率、常識よりも非常識で、星稜を甲子園常連校にした。言ってみれば、「昭和」を地でいく野球であり、監督だった。

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photograph by Hideki Sugiyama

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