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ギル・メッシュと去り際の優雅。
~10億円を放棄した男の決断~ 

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芝山幹郎

芝山幹郎Mikio Shibayama

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photograph byGetty Images

posted2011/02/14 10:30

ギル・メッシュと去り際の優雅。~10億円を放棄した男の決断~<Number Web> photograph by Getty Images

昨シーズンは9試合に先発、勝ち星ゼロに留まった。通算防御率は4.49.奪三振数は1050だった

 ようやく球音が近づいてきた。私はほっとする。冬が終わる。春が来る。単純なことだが、これが嬉しい。胸も躍る。だがその前に、球界に別れを告げる選手たちを見送らなければならない。

 今年は、1月中旬と2月初めに印象的な引退劇があった。前者はギル・メッシュ(ロイヤルズ)の引退劇。後者はアンディ・ペティット(ヤンキース)の引退宣言だ。

 ネームヴァリューでいえば、高いのは断然ペティットのほうだ。通算240勝をあげ、ワールドシリーズを5度も制した経歴は、殿堂入りの対象となってもおかしくない。R・クレメンスやR・ジョンソンには敵わないにせよ、M・ムッシーナやK・ブラウンとなら肩を並べられる大投手だろう。

移籍1年目にオールスター出場、2年目は14勝したが……。

 一方のメッシュは、どちらかといえば地味な投手だった。

 ロイヤルズへ移籍する前はマリナーズでイチローのチームメイトだったから、彼の存在は日本ではかなりよく知られている。1978年生まれ。細面の長身で、剛球投手というより制球力で勝負するタイプ。大崩れはせず、マリナーズ在籍中の8年間(実働6年)で55勝44敗(防御率4.65)の成績を残した投手。これがメッシュの横顔だろうか。

 ロイヤルズは、そんなメッシュがFA資格を取った際、5年総額5500万ドルの契約を結んだ。2007年開幕前の出来事である。

 高いな、と私は感じた。ロイヤルズが貧乏球団だったから、よけいにそう思ったのかもしれない。それでも彼は、移籍1年目にオールスターに出場した。2年目も14勝を挙げ、ロイヤルズ投手陣の中軸を担った。

残り10億円の年俸を受け取らず、マウンドを去ること決意した。

 だが'09年中盤、メッシュは右肩の古傷を再発させた。そう、マリナーズ時代、'01年と'02年の2年間を棒に振ったのも、同じ箇所を手術したためだ。当然、成績は急降下する。'09年が6勝10敗(防御率=5.09)、'10年が0勝5敗(防御率=5.69)。

 ロイヤルズは、この4年間で4300万ドルをメッシュに支払っていた。つまり2011年(最後の1年)は、球団に顔さえ出していれば、まったく働かなくとも1200万ドル(約10億円)の大金が入ってくる計算になる。

 だが、メッシュはこの条件を潔しとしなかった。彼は春季トレーニングに現れなかった。肩の手術を拒み、ブルペンにまわらないかという球団の要請も固辞した。そしていった。「残りの金を受け取るのは、気持が許さない」

 この不況時に、と世間は驚いた。もう十分に稼いだからさ、という皮肉な声は当然聞こえてきたが、プロである以上、最後の10セントに固執したとしても責められる理由はない。私が覚えているだけでも、レニー・ダイクストラやモー・ヴォーンらは、ベンチに坐ったまま、最後の5億円や最後の10億円を手にして球界を去っていったはずだ。

【次ページ】 「僕は安息できる場所に戻っただけのことだ」

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ギル・メッシュ
カンザスシティ・ロイヤルズ

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