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「なんとしても力になりたい」大谷翔平が重度の心臓病と闘う“翔平ちゃん”を見舞いに行った理由

posted2021/11/24 11:00

 
「なんとしても力になりたい」大谷翔平が重度の心臓病と闘う“翔平ちゃん”を見舞いに行った理由<Number Web> photograph by KYODO

2019年1月、心臓移植手術を待つ川崎翔平ちゃん(中央)を励まそうと大阪府内の病院を訪れた大谷。面会の時間は1時間近くに及んだ

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川崎静葉

川崎静葉Shizuha Kawasaki

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 イチロー以来となるア・リーグMVPを獲得した大谷翔平。目覚ましい活躍を見せる27歳はリーグMVPに先だって受賞した選手間投票のMVPなどの賞金を、重病で闘病中の小児を支援する非営利団体へ寄付するなどフィールド外では子どもたちへのサポートを行っている。
 
 そんな大谷はメジャー1年目、新人王を獲得したオフに、同じ名前を持ち、重度の心臓病と闘う「翔平ちゃん」のもとを訪れていた――。

 翔平ちゃんの母・川崎静葉が当時を振り返った『翔平選手と翔平ちゃん 奇跡のキャッチボール』より、両親がアメリカでの心臓移植を目指し、「しょうへいくんを救う会」として3億5000万円という募金額を集める中で実現した大谷選手との”キャッチボール”の章を紹介する。

(全2回の前編/後編に続く)

 翔平のことを、大谷選手にお知らせしてみるのはどうだろうか。

 そのアイデアは「しょうへいくんを救う会」のメンバーのなかでもずっと話し合ってきました。ただ、どうすれば大谷選手に連絡をとることができるのだろうか? それが悩みでした。

 そんなとき、救う会が、北海道の地元新聞社にお願いすることを思いつきました。大谷選手が所属していた日本ハムファイターズは北海道が本拠地です。その地元紙なら直接連絡が取れる方もいるのではないか、というわけです。

 ありがたいとは、「有難い」と書くそうです。地元紙の方が仲介をしてくださったおかげで、大谷選手の通訳を務めている水原一平さんと連絡がとれることになったのです。水原さんのことを大谷選手は、“マネージャー”と呼んでいて、通訳以外にも、いろいろなご相談をしているそうです。

大谷翔平からの返事は予想外のものだった

 私と夫は大谷選手に、ビデオレターを届けてもらうことにしました。自撮りというのでしょうか、私たちはカメラに向かって思いのたけを訴えました。

 息子がお腹のなかにいるときから心臓病と闘っていること。治療のためにはアメリカの病院で移植手術を受けるしかないこと。大谷選手のように元気に育ってほしいという願いを込めて翔平と命名したこと。小児用補助人工心臓を2つつけていて、家族の間では“二刀流”と呼んでいること。小さな体で毎日がんばっていること。そして、時間があまり残されていないこと……。

 私たちも大谷選手が手術を受けたばかりの大変な時期であることは知っていました。でもこのビデオを大谷選手が見てくれて、もし翔平に「がんばってね」という一言だけでもメッセージを送ってもらえたら、私たち家族や救う会のメンバーにとってどんなに励みになることでしょうか。

 祈るような気持ちでしたが、お返事は予想外のものでした。

【次ページ】 「自分の名前から名づけられたことは光栄です」

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大谷翔平
ロサンゼルス・エンゼルス

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