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「山はお金がかからない」“サバイバル登山家”になって22年…なぜ服部文祥は廃村暮らし(電気なし、ガスなし、水道なし)を選んだか

posted2021/04/10 17:01

 
「山はお金がかからない」“サバイバル登山家”になって22年…なぜ服部文祥は廃村暮らし(電気なし、ガスなし、水道なし)を選んだか<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

服部文祥さんと愛犬ナツ

text by

稲泉連

稲泉連Ren Inaizumi

PROFILE

photograph by

Nanae Suzuki

 登山家としてK2登頂や冬の黒部横断などを経験してきた服部文祥さんが、『サバイバル登山家』(みすず書房)を上梓したのは2006年のことだった。

 彼が提案した「サバイバル登山」とは、道具に極力頼らず、自分の力=自力で登山に向き合うというものだった。沢で岩魚を釣り、山菜を探し、食料を現地調達しながらの長期山行。山と身体一つで対峙し、自然との一体化を志向する手法は多くの人々を驚かせた。その後、狩猟免許を取得した彼は、鉄砲で狩りをしながら山に登る「狩猟サバイバル」へそのスタイルを進化させた。

 いま、服部さんは2年前に関東近郊の里山にある廃村の古民家を手に入れ、自宅のある横浜と二重生活を営んでいる。古民家では雑種犬の「ナツ」とともに暮らし、ナツを連れ添って狩猟も行う。

 私が彼の暮らす廃村を訪れたのは、猟期が終わろうとする冬のある日のことだった。「小蕗(こふき)」という廃村で、薪やソーラーパネル、山の水によって自給自足していた。土間の玄関の前には五右衛門風呂、その下には小さな畑。ときおり吹く冷たい風に炭の匂いがまざっている。快晴の空のもとで愛犬のナツが昼寝をしていた。

 この土地での日々を「隠居」と表現する彼は、「いまは登山よりも『生活』に興味が出てきたんだ」と言う。

 先鋭的な登山思想を実践してきた彼にとって、それはどのような心境の変化だったのだろうか。(全3回の1回目/#2#3へ)

◆◆◆

「秘密基地ごっこ」の延長

――服部さんがこの廃村の古民家を入手したのは、2019年の末のことだったそうですね。

服部 登山に来てこの廃村を通過したときから惹かれるものがものがあったんだ。その後も近くに登りにきたときにちょっと見に来たりしていて……。そのうちに土地の人と知り合って、廃屋(古民家)の持ち主を探してくれることになってさ。この家は100年以上経っているけど、村の歴史はそれほど長くないらしくて、もともとは焼き畑の出村だったんじゃないかな。

 田舎暮らしや古民家には昔から憧れがあった。横浜でも鶏を飼ったり、薪を使ったりしているとはいえ、やっぱり都会で「田舎暮らし」を実践するには限界がある。ただ、家族も仕事(雑誌『岳人』の編集者)もあるから、みんなで田舎に行こうというわけにもいかなくて。それが最近は俺も年をとって、子供も自立してきたから、そろそろいいタイミングかな、って。

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服部文祥

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