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18着に負けたダービーの誘導馬に。
サクセスブロッケンが遂に叶えた夢。

posted2020/06/06 08:00

 
18着に負けたダービーの誘導馬に。サクセスブロッケンが遂に叶えた夢。<Number Web> photograph by Ryosuke KAJI

「日本ダービー」のゼッケンを12年ぶりにまとったサクセスブロッケン。

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カジリョウスケ

カジリョウスケRyosuke Kaji

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Ryosuke KAJI

 ダービーには“最も運のある馬が勝つ”という格言がある。今年の日本ダービーは圧倒的な力を示したコントレイルが無敗で2冠を制したが、実は東京競馬場の舞台裏では、ある馬が「運」を味方につけて悲願を果たしていた。誘導馬のサクセスブロッケンである。

 2007年のデビューからダート競走で4連勝を飾り、迎えた5戦目の2008年日本ダービー。横山典弘騎手を背に3番人気に推されたものの、最下位の18着に沈んだ。

 そこで芝の適性が無いことがはっきりした後はダートに専念し、2008年のジャパンダートダービー、2009年のフェブラリーS、東京大賞典と3つのGI級レースを制してダート界のスターホースに上り詰めた。そして現役引退後は、東京競馬場で誘導馬になることが決まった。

競走馬と誘導馬に必要な資質の違い。

 引退後、サクセスブロッケンは東京競馬場で乗用馬として第2の人生を歩み始めることになった。ただ、乗用馬になったからといって競走馬が引退後すぐに誘導馬になれるわけではない。生まれてからずっと「速く走るのが良いこと」だと教えられてきた競走馬が、その日から一転して「止まってじっと待つこと」を求められるのだ。

 現役の競走馬を本馬場まで安全に導くため、誘導馬には常に落ち着きと冷静さが求められる。それまでの真逆の立場と言ってもいいだろう。

 それでも担当になった町田裕司から誘導馬としてのトレーニングを受け1年、2012年の2月開催で誘導馬デビューを果たした。

 サクセスブロッケンは現役時代の活躍もさることながら、SNS配信でユーモアのあるキャラクターが認知され、ファンは増えていった。順調にトレーニングを重ねた彼は、自身が制したGI・フェブラリーSでの誘導を務めるまでになった。

【次ページ】 大観衆は競走馬時代を思い出させてしまう。

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サクセスブロッケン

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