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頸髄損傷を乗り越え皆で富士山頂へ。
慶大ラグビー部員たちの固い絆。 

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多羅正崇

多羅正崇Masataka Tara

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photograph byMasataka Tara

posted2018/06/08 10:30

頸髄損傷を乗り越え皆で富士山頂へ。慶大ラグビー部員たちの固い絆。<Number Web> photograph by Masataka Tara

(左から)村田毅、杉田秀之、小澤直輝。富士登山に向けて杉田さんがトレーニングを積む「竹田塾」にて。

「絶対に歩けるようになります」

 富士登山は林監督がチームビルディングの一環としてこの年に導入した。林監督は、富士登山はもちろん中止にすることを伝え、そして言った。

「杉田が良くなったら、一緒に行こう」

 ベッドの上の1年生部員はこう返した。

「絶対に歩けるようになります」

 奇跡的な変化は、約2週間後に転院した慶大病院で始まった。

 触診による感覚のテストで、医師の指の感触が分かった。感覚の復帰は上半身から始まり、時間をかけて下半身へ下りていった。

 そしてついに。

「『もし今度動くとしたら足の指だから頑張れ』と言われて。ずっと睨みつけていたら、ある日、右足の指がピクッと動きました。それが『ゼロ』が『イチ』になった瞬間らしくて。それが本当に嬉しくて」

 神経は完全に断裂してはいなかった。当初の診断について杉田さんは「直後の判断としては間違っていない。『良くなる』とは言えないものでした」と振り返る。

チームに迷惑をかけたという悔しさ。

 完全麻痺の危機は脱したが、待っていたのは「それからが長かった」というリハビリセンターでの1年間だった。

 慶大病院で頸椎の固定手術をしたのち、2カ月後に都内のリハビリセンターに転院。寝ながら膝を起こす、腕を動かす、歩行器を使う――忍耐を重ねてやれることは増えていったが、気持ちは沈んでいた。

 約150人いた2007年度の慶大ラグビー部員は、ローテーションでお見舞いに来てくれていた。しかし楽しい再会とはいかなかった。

「僕は悔しくてしょうがなかったんです。チームに迷惑をかけている。自分では何もできない。メンタルは相当やられていました」

【次ページ】 先端のリハビリに取り組んで復学。

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