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傑物クロップは「大統領にもなれる」。
その言動がフットボールを輝かせる。 

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井川洋一

井川洋一Yoichi Igawa

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photograph byGetty Images

posted2018/06/01 10:45

傑物クロップは「大統領にもなれる」。その言動がフットボールを輝かせる。<Number Web> photograph by Getty Images

CLこそ準優勝に終わったが、サラーらをワールドクラスに引き上げた。クロップはやはり現代サッカーの名監督なのだ。

ユーモアを忘れない会見での言葉。

 その最後の質問の後にプレスオフィサーが「私からも賛辞を述べたいです……」と言いかけたところで、「もう必要ない。私は大丈夫だ。どうもありがとう」とドイツ人指揮官は言って、万雷の拍手のなか壇上から降りていった。すると先の女性記者は小走りで監督のもとに駆けつけ、その微笑みと同じくらい愛らしいラベンダーの小さな花束を手渡していた。素敵なシーンだった。

 ここまで人々を魅了する監督はほかにいるだろうか。クラブフットボールで最大のタイトルがかかった試合を不運な形で落とした直後の会見でも、ユーモアを忘れない。欧州カップ戦の決勝で敗れたのはこれで3度目、頂点には一度も立てていない。

 仏頂面で早く切り上げたそうにしても、誰も文句は言わないだろう。それでもウィットを利かせながらきちんと質問に応じ、数百人の前で正直な言葉を発する。

「彼が望むなら、大統領にもなれる」

 4月にローマとの準決勝を控えた頃、『ガーディアン』紙が彼の独占インタビューを掲載した。若い頃に医学を志したクロップ監督について、記者は「我々が医者に期待するインテリジェンスと心温かさを醸し出す」人と書いている。本人は「人々を助けなければ気が済まない」性分と自己認識し、同郷のスポーツライターは「彼が望むなら、大統領にもなれる。そして人々をひとつにまとめ、幸せに導いてくれるはずだ」と言う。

 そんなパーソナリティーで選手の心をつかみ、集団に絆をつくる。くわえてその眼鏡の奥には、明晰な頭脳と果ての知れない情熱がある。むろん、“ヘビーメタル・フットボール”と呼ばれるゲーゲンプレスを生み出した戦術手腕も。

 試合前日には「ジネディーヌ・ジダンに戦術がないと言う人もいますが」と尋ねられた。すると「たしかにそうだ。でも私もそんな風に言われたことがある。笑わせてくれるよ。CL決勝を戦う2人の監督が戦術を知らないなんてね」と返して、会場を大きな笑いで包んだ。

【次ページ】 サラーが負傷した、あのシーンについて。

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