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プロゴルファー・上田桃子を変えた13年の歳月。

posted2018/05/02 11:00

 
プロゴルファー・上田桃子を変えた13年の歳月。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

text by

林田順子

林田順子Junko Hayashida

PROFILE

photograph by

Takuya Sugiyama

  2005年、19歳でプロデビューを果たした頃の上田桃子は、強気を絵に描いたような女の子だった。

「戦いに来ているのに、笑顔はいらないと思う」と、鋭い眼差しでピンを狙い、負ければ悔し涙を浮かべる。ほかの女子プロゴルファーとは違う存在感を放っていた。

  2008年には日本を飛び出し、米ツアーへ参戦するも、2014年に再び日本ツアーへと主戦場を戻した。幾多の苦難を乗り越え、しなやかな強さを備えた女性へと変化した上田桃子は、今どのようにゴルフと向き合っているのか。

 今、私の原動力になっているのは、応援してくれる人の存在です。スタッフ、ファンの方々、両親……応援してくださる皆さんに感謝しています。もちろん10代の頃から感謝の気持ちはあったんですけど(笑)、恥ずかしさもあったし、自分が頑張ることに必死すぎて、うまく表現できてませんでしたね。今は改めて感謝する気持ちを相手に伝えることが大事だなと思っています。

 そう思えるようになったきっかけは、やっぱりアメリカに行ったことです。日本にいたときは、“自分が一番なんだ”っていう強い気持ちでいることで自分を保っていました。

 でもアメリカで宮里藍ちゃんの素晴らしさを身近で肌で感じたし、海外で活躍している他の選手たちの色々な部分を見て、自分には足りないものばかりだなって。

 例えば、月曜の朝に起きてトレーニングに行ったら、先週勝った選手がもうトレーニング終わってるんですよ。予選落ちした私よりも、勝った選手のほうが早くトレーニングをしている。常に、私はもっとやらなきゃいけないのにと焦っていたし、やってもやっても、もういいって思えた瞬間がなかった。自分をちょっと見失ってしまって。正直、アメリカでのプレーはきつかったです。

日本復帰、その時の応援に幸せを感じた。

 でも、そうなってはじめて、自分が自分らしくいられないことが一番つまらないなって思えたんです。誰かの真似をして成功に近づけたとしても、自分が思い描く充実感や達成感には到達できないんじゃないかって。そこではじめて自分は自分らしくいこうとふっきれましたし、改めて他の選手のすごさを感じることもできました。

 アメリカに行くときは、勝つまで日本には戻ってこないと思ってました。それなのに途中で帰ってきたということは、ある意味負けてしまったということなんです。だから帰国のとき、多分もう応援してくれる人はいないんじゃないかなって。自分自身で情けない気持ちもありましたし、そういう自分を応援してもらうっていうのは、ちょっと図々しいなって。

 それが日本ツアーに復帰した大会で、すっごくたくさんの応援をいただいたんです。あの瞬間は何よりも幸せを感じましたし、そういう気持ちを味わわせてくれた日本のファンの方たちには感謝の気持ちでいっぱいでした。

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