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人気作家・東野圭吾が作り出した
夢の祭典「スノーボードマスターズ」。
text by
秋月透馬(文藝春秋)Toma Akizuki
photograph bySBM/Shigeki Yamamoto
posted2018/04/17 16:30
ド派手なワンメイクが見所の「ストレートジャンプ」。滑っても飛んでも楽しい、スノボの魅力がたっぷり詰まった大会となった。
五輪代表が「技術的に未熟な部分を知った」。
準優勝は、稲村樹。
3位に入った平昌五輪代表の片山來夢の言葉が、印象的だった。
「平昌五輪が終わり、そのあとも、USオープンのハーフパイプで準優勝出来て、正直なところ、少し上手くなったんじゃないかと思っていました。ところが、SBMに参加して、ほかのスノーボーダーの滑りを目の当たりにして、技術的に未熟な部分を知ることができました。
僕は、ハーフパイプだけじゃなくて、スノーボードすべての技術で上手くなりたい。この大会に参加したことで、無茶苦茶、刺激を受けましたね」
「大会を1年で終わらせるつもりはない」(東野氏)
表彰式で東野氏は、選手たちにこう呼びかけた。
「私は、この夢のような大会を1年で終わらせるつもりはないんです。もう何度か、開催してもいいですかね! 来年も皆さんのエントリーを待っています」
会場は大いに沸き、「賞金、もっと上げてー!」という声があがると、東野氏は笑顔で、「賞金はこのままで!」と答えていた。
大会の運営に携わった五味克彦氏が振り返る。
「1年前に、東野さんから、『スノーボードへの恩返しとして、大会を開きたい』と提案いただき、そこから夢のような日々を送ってきました。
雪の豊富な妙高高原だから、大会の開催は問題ないと思っていましたが、3月に入ってから気温が高い日が続き、雪がどんどん溶けて、大会の成立を危ぶんだこともありました。
スタッフに相談したら、『毎朝4時起きで、最高のコースを作る』と言ってくれて、連日、雪を運んでくれました。彼らには本当に感謝しています」
バンクドスラロームのコースを作り、維持するために、多い時には50人のスタッフが、泊まり込みで取り組んだという。
プロスノーボーダーであり、全日本スノーボード技術選手権を6度制した宮崎郁美は、大会が盛り上がった要因を分析してくれた。
「出場した選手たちはみんな笑顔で、『楽しかった』『最高だった』と話していました。コースがとてもタフで、1つひとつのセクションのクオリティが高かったからです。技術がないと攻略できないコースを提示されると、私たちは、『ここを攻略してやろう』って思うんです。こんな気持ちになれた大会はこれまでありませんでした」
大会のスピリッツは“草大会”。
選手たちのレベルは、五輪に出場したアスリートに刺激を与えたほど、最高峰だった。