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石川遼と松山英樹。それでも2人が
終生のライバルである理由。

posted2018/01/20 08:00

 
石川遼と松山英樹。それでも2人が終生のライバルである理由。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

アメリカツアーでの苦戦を受け入れて、次のステップに進もうとする石川。吹っ切れた表情に見えた。

text by

鈴木忠平(Number編集部)

鈴木忠平(Number編集部)Tadahira Suzuki

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photograph by

Takuya Sugiyama

 ハニカミ王子の面影はなかった。よく晴れた冬の日、石川遼は大人の落ち着きを伴って、丸山茂樹氏との対談場所へとやってきた。

 私は挨拶を済ませると、今回の企画趣旨を説明した。

「アメリカでの5年間と、日本ツアー復帰の理由を語ってほしい」

 つまり、失意の胸中を語ってほしいということである。すると、石川はある決意を浮かべて、こう言った。

「今日は今まで話せなかったことも全部、正直にお話ししようと思って、ここに来ました。よろしくお願いします」

 その表情にあったのは失敗や敗北を認め、受け入れる覚悟だった。私はそれを聞いて少し驚いたのだが、同時になぜ、あの「遼くん」から無邪気さや天真爛漫さが消えたのかがわかったような気がした。つまり、石川遼は挫折を経て、青年から大人になったのだ。

見て欲しいという気持ちが僕のゴルフをつくっている。

 実際、石川は丸山氏との対談の中で、なぜアメリカツアーで勝てなかったのか、それに対してどういう思いを抱いていたのか、日本ツアー復帰に至るまでの心情の変化はどういうものだったのか、を率直に打ち明けた。米ツアー参戦のパイオニアとして同じ道を通ってきた丸山氏が相手だったからかもしれないが、少なくとも日本で史上最年少賞金王に輝いた男にとって簡単なことではないはずだった。

 そして、その告白によれば、石川が日本でプレーしている時に持っていた幾つかのものが、アメリカに行った途端に失くなってしまったのだという。特に驚かされたのは、その中の1つに「見て欲しいと思う気持ち」というものが含まれていたことだ。

「やっぱり見て欲しいという気持ちが僕のゴルフをつくっていて、ジュニアの頃、父兄の方がいる9番と18番が大好きだったんです。1メートルのパットを入れて優勝するより、3メートルのパットを入れて優勝した方が格好いいなと思って、わざとオーバーさせてそれを入れたり。根底にあるのは『見て欲しい』という気持ちで、今までの5年間、そういうものが全くなかったんです」

【次ページ】 松山の言葉は石川とあまりにも対照的だった。

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