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徹底した“準備”でピンチをクリア。
長谷部誠が語った「ライフプラン」とは。 

text by

石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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photograph byKentaro Kamata

posted2018/02/05 11:00

徹底した“準備”でピンチをクリア。長谷部誠が語った「ライフプラン」とは。<Number Web> photograph by Kentaro Kamata

迷った時こそ難しい道を選ぶから、得るものが多い。

 2006年に初めて日本代表に選出された際、当初はプレッシャーや慣れぬ環境から胃痛に悩まされ、パフォーマンスを落としたこともあったという。また幾度も怪我に見舞われたこともあった。しかし、長谷部は過去の経験や、準備してきたことを糧に、その地位を確実なものとしていく。過去10年の日本のサッカー事情を振り返ってみても、長谷部なしには語れない。

 そして長谷部流ライフプランで重要になるのが「迷ったときこそ難しい道を選ぶ」ということだ。リスクはあるものの、未来を見据えあえて厳しい道を歩む。前述した高校からプロへ進んだときと同じような気持ちで、プロ生活7年目の2008年、長谷部はドイツブンデスリーガのヴォルフスブルクへ移籍を決意する。

 身のまわりやマスコミからは「無謀だ」という声も聞かれたが、レギュラーが保証されていた浦和を離れ、長谷部はあえて海外へと新天地を求めた。

安定した長谷部がいるからチームがまとまる。

 長谷部にとって「難しい道」とは「得るものが多い道」と同義語である。結果的に長谷部はドイツで活躍し、自身のプレゼンスを日本にいるときよりも高めることに成功した。現在においても日本代表だけでなく、所属するフランクフルトでもキャプテンを任され、誰からも一目置かれる存在になった。今や国内外問わず若い選手たちへ与える影響力は絶大である。

 冒頭で長谷部は“不安”について口にしていたが、今や長谷部の存在そのものが“安定”の象徴だと言っていいだろう。

 長谷部がいればチームはまとまる――。

 この存在感は、2018ロシアワールドカップにおいて、日本代表にとって必要不可欠だといっても過言ではない。

【次ページ】 「常に挑戦し続ける場面に、僕はいたい」

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